富柏村日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴り始めた日記ブログ 現在は身在日本

fookpaktsuen2008-07-24

七月廿四日(木)晴。六月からの長雨が歇んだと思へば今度は熱中症で死者まで出る酷暑の日が続く。晩に中環。市大会堂。安徽省の徽京劇院の公演あり。演目は白蛇伝より「断橋」、文丑劇の「借靴」、武劇の「淤泥河」と「遊龍戲鳳」の4つ。いづれも京劇ではポピュラーな筋で敢へて舞台上下袖の字幕(中、英)も見えぬ一列目で舞台の役者ばかりを眺める。「遊龍戲鳳」は明の時代に市井微行愉しむ正徳帝(在位1505〜21)の話。その正徳帝を演じる李龍斌なる役者は徽劇の第一人者と聞いたがさすがに華があり帝役に見事にニンあり。独りで京劇見物する老人多し。我も亦た寂寥とした心境なり。
▼今月の歌舞伎座、築地のH君より続報のメールあり。肝心の「海老蔵の」忠信について。単純な話、やはり格好いいかどうか」。特に狐に化ける前の忠信が良かつた由。で狐に化ければセリフが沢瀉屋の忠実な模写で(直接の指導を受けたのか)、これも結局は「海老蔵が」ここまで真似るのか、とやはり海老蔵を見てしまふ、と。さういふ意味ではこれは狐の親子の情愛云々でなく「海老様を見る」こと。まさに「時分の花」つていふやつで「若いうちは芸はまだまだで見てくれで勝負してゐたの徐々に本当の芸が滲み出る、といふよりも観る側の問題つてこと」を改めて確認、とH君。今が旬の海老様が熱演してゐれば義経千本桜なんて百年前から筋はわかつてゐる狐の親子の話なんて今更、といふのが単純に観劇の客の所望か。歌舞伎やシェークスピアなんて。勿論、例へばチャイコフスキーの歌劇「スペードの女王」でゲルマンとの愛に終焉を迎へる伯爵夫人に我が心を投影させて泣ける、つてさういふのが本当の芝居の楽しみだが(さういふ表現を出来る修辞も含めて)、普通の観衆は役者が綺麗、歌が上手い、道具と演出が今回は斬新だつた、で「嗚呼、楽しかつた。また芝居に来たゐねぇ」で良いのだ。芝居の主題とか云々は渡辺保先生に任せて。それにしてもこの今月の歌舞伎座のポスター、「高野聖」の艶つぽい場面は、祖父(十一代目)にます/\そつくりな海老蔵君と共演の大和屋のたつての要望か。で手許にあつた「高野聖」をぱらぱらと捲つて読み直してみると
さあ、然うやつて何時の間にやら現とも無しに、恁う、其の不思議な、結構な薫のする暖い花の中へ、柔かに包まれて、足、腰、手、肩、頸から次第に、天窓まで一面に被つたから吃驚、石に尻持を搗いて、足を水の中に投出したから落ちたと思ふ途端に、女の手が脊後から肩越に胸ををさへたので確りつかまつた。
の場面。だが原作では若僧は谷川で汗を流すのに女にすでにすつかり衣を脱がされてをり女もこのあと自分も汗臭ひと肌を露にする。だが「高野聖」の艶つぽさ、つて実は、この女と若僧との話ではなくて、この若僧が上人となり、旅の途中で出会つた<私>に夜な夜な語る、それのエロティシズムなんでせう。
バットマンの映画“The Dark Knight”について。以下、ネタばらしあり。バットマンといへば物語は全て架空の都市ゴッサムシティで展開する印象強く今回の作品で香港の登場は国際都市として鼠楽園開園決定〜!以来の意識的盛り上がりを見せた気がするが、この映画も鼠楽園が開園後の悲嘆ほどぢやないが上映をいざ見てみれば、香港の扱ひはほんの導入のエピソード程度で、しかも中国系の悪徳新興財界人が海外で得た汚れた資金を集約する場所として香港が位置づけられ、金融センターのセキュリティの間抜けぶりなど描かれては香港にとつてはあまり楽しくはない、といつたところか。この若き財界人も最後にはジョーカーによつて莫大な米ドル札で築かれたピラミッドの上に坐らされ焚かれて拷問のやうに死んでゆくやうだが、「ようだ」と書いたのは上映作品では、ドル紙幣のピラミッドの上で束縛されたこの男ははつきりと写らずジョーカーがピラミッドから滑り落りて灯油をまいて火をつけたあとは、この男が焼かる場面はなし。オリジナルがさうなのか、或いは香港での上映で多少の配慮がされたのかしら?と疑ひもしたくなるところ。いづれにせよジョーカーを除けばゴッサムシティの暴力団関係者は黒人かスラブ系で、他所者としての悪人は中国人で本拠地が香港……といふステレオタイプな黄禍論的な、更に具体的な「悪役としての中国」。当地の観衆に嬉しくないのは当然でせう。
▼今年九月の香港立法会選挙。昨年の港島区補選での「香港の良識と云はれる」陳方安生と元保安局長葉劉淑儀との一騎打ちの盛り上がりのあと、今回の選挙に向へば民主党の構造疲労的衰退、陳方安生八ヶ月での議員引退、区議会選挙で山頂区すら自由党から奪つた公民党の新党ブームも盛り下がり……と泛民主派の議席激減=民建聯等親中派御用政党の議席増が確実なだけ、と思つてゐたが、そこが政治のおかしなところで、新界が俄然、熱くなり始めた。日本で地方が自民党基盤なのと同じで親中派保守の強い新界だが土民の親方衆の集りである郷議局が土共である民建聯候補の支持から距離を置き独自候補擁立を画策。自由党は党首・田北俊が清水湾から西貢の富裕層の多い新界東部選出だが新界では地盤が浅いことから郷議局が独自候補擁立なら接近する姿勢をみせ、また泛民主派も憎き民建聯でも23条立法などで最も強硬派であつた葉國謙が新界地盤とするため反葉でる郷議局候補支持に回る可能性もあり。いづれにせよ97年以降、香港の安定に寄与するはずの親中派御用政党・民建聯が今回は議席奪回の機会なのに、この態。郷議局は政府では民政事務局がその対応窓口だが自称政治家・文革曽行政長官が民政事務局の局長に抜擢の曽徳成が実兄曽鈺成が仕切る民建聯に偏重あり、それが郷議局は不満の由。

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