富柏村日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴り始めた日記ブログ 現在は身在日本

四月十三日(日)昨晩十時半頃臥床とはいへ午前三時に目覚めてしまふ。永平寺の僧の如し。荷風散人日記大正十年読む。少し微睡み朝食。今朝は確か荃湾で10キロのロードレース開催あり。だが「北京五輪記念」の冠つき、で「政治活動に加担しなくない」ので参加申込せず。午前中、中村紘子アルゼンチンまでもぐりたい』読む。出来過ぎのやうな話が並ぶが華のある人が気取るところは気取りオッチョコチョイなところを見せて随筆を上手に書いてゐるから面白く読める。アンナー=ビルスマのチェロでバッハの無伴奏(新)、カザルスのベートーヴェンチェロソナタを聴きながら。昼にかけてジムで一時間の有酸素運動。帰宅。自宅でゆつくり過ごすのなんてかなり久々。吉田健一英國について』読了。健一さんが英國での酒について語るんだから読んでゐて飲まずにはひられない。ドライマティーニ二杯。やはり大切なことは黄昏時の酒。シェリイ酒なんて人との待ち合はせ、
ドライのちつと河豚酒のやうな匂ひがする、どこか微かに苦いのと酸つぱいのが一緒になつた味がするのを飲むのが、合ひの手に丁度いい。
……はシェリイ酒が河豚酒の味かどうかは別にして、夕食前の一杯には格好なわけで納得。それにしても英国旅行の旅のお供が河上徹太郎氏で、健一さんと河上さんは二人で羽田を飛び立つた倫敦行きの飛行機で、持ち込んだ!新橋駅前の小川軒の酒の肴の折詰を広げウイスキーを飲み出す。なんて優雅な時代なのかしら。ラジオからは日曜午後のオペラでムーティ指揮の維納フィルでドンジョバンニが流れてゐるのを聞きながら微睡。夕食前にアンドラーシュ=シフのピアノでベートーヴェンソナタを聴く。16番なんて聴き比べたバレンボイムさんのも凄いがシフさんのソナタはまるでジャズ。低音はまるでジャコ=パストリアスのベースなのだ。晩は温野菜と青菜のサラダ。ソーセージ1本。パンとチーズ。葡萄酒はYellow TailのPinot Grigioの06年。今日は読書が進み夕方からリチャード=B=ガードナー著『少年への性的虐待 男性被害者の心的外傷と精神分析治療』といふ本を読み始め寝入るまでに二段組五百頁余の大著だが半分ほど=つまり心理治療士の専門的な学術的記述を端折りながら読む。どこからが性的「虐待」なのか、が微妙。いづれにせよ若衆宿や薩摩の二才(にせ)も、旧姓中学の軟派も今の世なら立派な性虐待団体で、乱歩さんも、山田吉彦きだみのる)が薫陶を受けたアテネフランセ創設のジョゼフ=コット師も、先日亡くなつたアーサー=C=クラーク卿も変質者扱ひだらう。アタシ自身がさういふ性的ハラスメントに遭つたことはない、が、ふとアタシが小学生の頃、郷里の町にゐた通称「セーラー」思ひ出す。なぜ「セーラー」なのか解らぬが、セーラー氏は小学校高学年の男子ばかり狙ひ半ズボンの上からさつと触つてゆく「変質者」で書店だのデパート屋上の遊技場で被害に遭ふ。そのセーラー氏の不健康さうな痩身で窪んだ目に始終怯えた表情は、いかにも「自らの大人になりきれない精神状態が性欲の対象として自分より権力の小さい児童に向く」タイプ。今なら学校や保護者が警察を巻き込み変質者を捕まへろ、になるのだらうが当時はほんと長閑な時代。自分から「昨日、川又書店でセーラーに触られた」と自白する子もゐれば「○○君がセーラーに触られた」話がひそひそと友だちの間で流れる。被害なのだが照れる程度で、通過儀礼的なものと思ふと寧ろ触られないことが社会から11〜12歳の少年として「認識されてゐない」やう。具体的に連行されてイタズラされるやうな被害がなかつたから、この程度の物語化で終はつたのだらうが。

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