富柏村日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴り始めた日記ブログ 現在は身在日本

fookpaktsuen2008-03-21

三月廿一日(金)曇。耶蘇受難節。新聞(信報とSCMP紙で18日の映画祭開幕での『母べえ』終映時の粗忽ぶり記事あり。昼にZ嬢と中環。ハチソンハウスのcaffè HABITŪにてパスタとカプチーノ。市大会堂で映画『全然大丈夫』(藤田容介監督)看る。大入り。市井の人を淡々と撮るのは日本映画の手法の一つ。この『全然』の冒頭の河原のシーンは一瞬、つげ義春の「石を売る」世界を彷彿させ、この映画は『無能の人』のやうな世界か、と思ふ。全く梲の上がらぬ、人生、何をしてゐるのかわからぬ登場人物たち、時間が止まつたやうな古書店。だがこの映画は「ナンセンスの笑ひ」がこれでもか、これでもか、と詰め込まれてゐるからウケる。本当に平成20年的な世界。観客の反応を見てゐると彼らが日本に求めてゐるセンスも「ここか」と納得。エンドロールは主人公(荒川良々)が親友(岡田義徳)と奈良を旅するスナップが映るのだが、その間、会場の照明がずつと消えたままなのは香港では意外。『母べえ』での粗忽ぶりへの多少なりとの反省か。少し陽がさしたのでZ嬢と散歩のあと独りFCCの酒場。連休で閑散。ケネス=ルオフの『国民の天皇』読了。天皇制が戦後、象徴といふ形で戦後憲法社会で危ふくも確固たる位置に確立されてゐること。吉田健一『三文紳士』読む。もう吉田健一も誰も知らぬ過去の人かしら。『三文』はいぜん講談社かの文庫本で読んだが手許のは昭和31年に宝文館が出した初版本。時の首相・臣茂の息子がこんな貧乏な文士のはずが無からう、と思ふが洒脱の一言。この流れが田中長徳さんに来てゐる。読んでゐるアタシも麦酒、ドライマティーニと一杯の葡萄酒(Villa Maria Private Bin Merlot/Cab Sau 2006)でけつこういい気分。鶏腿肉の煮込み食す。九龍に渡り尖沙咀。ジムのサウナで少し酒を抜き文化中心。映画『九降風』台湾編を看る。香港の芸人・曾志偉が監修で同じ『九降風』といふ題名で台湾、香港、内地の三ヶ所で若者を主人公の映画製作の面白い試み、で看てみようと思つたが今晩はこの台湾編に続き内地編も上映のはずが取消し(当局との折衝未了か製作未完か)。でぎつしりの客に何事か、と思へばこの映画に棒棒堂?なる台湾のアイドルグループの一人出演してをり、それに鳩るワンフの少女ら。台湾の新竹の高校が舞台。単なる青春映画にならぬやう、野球選手に憧れる、ちよつと不良の高校生たちが崩れてゆく中で、97年の台湾プロ野球黒い霧事件を背景に用ゐる。当時の台湾球界のスター・廖敏雄がこの暴力団絡みの八百長で球界追はれたが、その廖敏雄が映画にも特別出演。『九降風』内地編の取消しで仏のEmmanuel Mouret監督“Un baiser s'il Vous plait”(Shall We Kiss?)といふ映画の上映となつたが看ずに帰宅(チケットは後日払ひ戻し)。
チベット問題について。①信報(18日)で主筆・練乙錚が論ずるが「著名人類学者、中国少数民族問題専家」謝剣教授の理論(に値するとはアタシは思へぬが)参考に「まづ、チベットが中国領土であることは歴史の通り明らかで」と論を進めるを読み、ただただ呆れるばかり。練乙錚曰く、近代の西洋人の国家は一般的に「民族国家」で、それに対して中国は近代になり「中華民族」と総称するが元来「五服」(中華思想で周辺の北狄東夷南蛮西戎は荒服、つてあれ)の概念があり……と。呆れる。中世からの欧州の国家成立は確かに民族的だが、米国や今日のEUなどどう理解するのか、中国こそ五服の上に中華民族が立つ民族国家ぢやないかしら。それに対して同日の信報で王岸然氏がチベット問題で五つの誤謬を指摘。その一、中国は平和を愛し他者を侵略などせぬ、といふ建前。その二、チベットは古来から中国領土であつた……チベットは確かに中国王朝に「藩属」ことしてゐたが中国が直接その管治下に置いたのは1951年になつてから。その三、チベット社会が奴隷制の非近代的なものであるから中国が解放した……この理屈が通るなら清朝末期の西欧列強の中国侵略も肯定される。その四、中国がチベットを開発することで経済的にも豊かになりチベットは中国の管治を歓迎する……実態を見ての通り。その五、中国は元来、多民族国家五族協和孫文も提唱……チベット社会の要求はダライ=ラマ14世の発言の通り中国からの独立など既に廃案とし中国での一国両制の実現、と思へば寧ろ多民族国家で強固な地方自治を実現できるはず、と指摘。②信報(21日)で關愚謙氏がチベット問題を語る、「狼来了、虎来了、和尚背着鼓来了」と題名だけでも秀逸だが、その中でチベットで若者たちが掲げてみせた所謂「独立旗」が、実は20世紀初頭に大陸侵攻図る日本が「大中華」を撹乱させるためチベット独立運動に加担、それゆゑ独立旗=雪山獅子旗は中心に太陽を抱き「日の丸」と相似、と關愚謙氏言及。この逸話はアタシは知らず。確かにチベット独立旗は日章旗と似てゐなくもなし。1912年(明治45年)にガンデンポタン(時のチベット政府)が独立宣言の際にダライ=ラマ13世によつて国旗として制定された旗で、現在の中共統治下では掲揚厳禁。③チベット弾圧につき米英仏政府が中国を徒らに非難するが、その内容は正論として、イラク征伐など自らはやるだけやつてゐて、と思ふと身勝手ぶり明白。

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