富柏村日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴り始めた日記ブログ 現在は身在日本

fookpaktsuen2007-11-25

十一月廿五日(日)本日、沙田は吐露ハーバーにて服部時計店主催のハーフマラソンあり応募済みながら体調芳しからずC医師に週末は休養しなはれ、と倦怠な薬処方され、万事休す、で終日臥床。本日、競馬はジャパンカップ(画像は月本さんから無断借用)。香港もサイマルキャストで中継あり。一番人気は泣く子も黙るメイショウサムソン。春、秋の天皇賞での勝ちつぷりに文句はないが、ずつと石橋守が騎乗してきた馬が勝てば「はい、武さん、お待たせしました、どうぞ」なのがアタシは厭だ(秋の天皇賞より)。アドマイヤムーンは昨年の香港カップで2着(優勝はViva Pataca)、今年のQE II Cupも2着(優勝はPride)と香港まで来てくれてゐることに恩義といふものあり、半分は御祝儀、半分は宝塚記念メイショウサムソン破つてゐる実力と秋の天皇賞は前を塞がれての6着で実力発揮できず、で単勝アドマイヤムーンなのだ。で香港では馬枠の関係で単勝複勝枠連でしか買へぬのでアドマイヤムーン軸にメイショウサムソンポップロックに流す。ポップロックは昨年のメルボルンカップで2着(優勝はデルタブルース)、今年のドバイシーマにも出てゐたが(6着)何より「ジャパンカップではペリエ騎手は外せない」ゆゑ。ほかに名前を知つてゐるのは牝馬ウオッカだけ。で昼食後に寝て偶然にちやうど出走時間直前に目覚めテレビで競馬観戦。アドマイヤムーンは終始4〜6位ぐらゐで内枠でいひ位置取り、ちよつと折り合ひが悪く、それに対してメイショウサムソンが1600mくらゐから外を余裕で上がつてくるのが怖い。だが最終コーナーで外が広がり過ぎたかな?と思ふ瞬間、アドマイヤムーンが最内から仕掛けメイショウサムソンの必死の追ひ討ちも退け、それよかポップロックが頭差で2着まで刺してきてゐたのだつた。いやはや嬉しい結果。アドマイヤムーンは病床のアタシを裏切らず。日本では4番人気で10.9倍であつたが香港は2番人気で5.7倍、香港でのアドマイヤムーンへの支持がまた嬉しい。枠連で27.5倍としつかり配当もいただけた。「もし」三連単があればメイショウサムソン三着でいただけていたし4着がウオッカ、5着にデルタブルースもきちんとマークしてゐた。勝てば官軍で何でも言へるが、言ひたひだけ嬉しい勝ちであつた。午後遅く萱野稔人『カネと暴力の系譜学』残り半分ほど読了。ごろごろと大澤真幸『帝国的ナショナリズム』読了。野菜豊富に夕食。デンキブラン少し飲む。寝しなに原田治『ぼくの美術帖』(みすゞ書房)少し読む。
萱野稔人『カネと暴力の系譜学』について。著者は、良く言へば戦闘的、否定的に言へば「キヤツチーなフレーズの羅列」で国家と暴力、資本の問題を語る。国家がどう暴力を独占し、それにより権力を得て強制的にカネを徴収するか、国家の暴力性、など。また、貨幣が<交換>の過程で生まれたことをアタシたちは文化人類学から学び、資本主義も商人の国家権力からの独立であるとか資本主義的な生産様式が土台にあり近代国家はその上に載つた副次的なものであることをマルクス主義から学んだのだが、貨幣は国家が民衆の富を吸ひ上げるために生まれたもので、資本主義も中世のシステムが崩壊するなかで地主貴族がどう生産者からの搾取を維持するか、から生まれたもので、国家は人々の労働による生産を自らのものにするため資本主義のシステムを利用したもの……といつた、この本に書かれた諸説は興味深い。但し、それの大部分がフーコードゥルーズ=ガダリからの引用。フーコーやD&G読んでしまつた者には食傷気味の内容が続く。さういつた政治社会史的な部分よりも、むしろ近年の国家の暴力のアウトソーシング化(イラクでの米国による民間軍事企業への委託)やテロとの戦ひがかつて米国がみづから出ていけぬが故に育んだ当地の政府に対しての敵対勢力を、それの勢力が巨大化するのを恐れ「テロリスト」扱ひすることで敵と見做して切り捨てる、その一連の作業が「テロとの戦ひ」である、といつた見方が、どこかテレビの時事評論番組にお誂向き。それに、80年代のニューアカの時代に浅田彰が語れないとバーでモテない時代ぢやないが(笑)、21世紀の平成の時代に「結局さ、国家つてのは暴力装置ぢやない?、その権力つてのは」と酒場で蘊蓄を語るには、この一冊でフーコーもD&Gもバツチリ、とコンビニ的でもある。といふかバーどころかこれ一冊の解釈で今どきの大学ならお手軽に卒論も可。
大澤真幸『帝国的ナショナリズム』について。2000年くらゐにアウム、酒鬼薔薇クリントン醜聞といつたことから社会を語る。クリントンの不倫疑惑も今にして思へば、あの時にヒラリー女史は大統領の座を射止めた、と思へるが、大澤先生曰く
恥ずかしい性行為が細部まで暴露されても、大統領の権威があまり傷つかず、高い支持率を維持し得たのは、大統領としての徳や威厳の内に、徳からの最も恥恥ずべき逸脱が、猥雑な欲望の堕落が、はじめから内在していたからなのである。(法廷で)決して嘘をつかないという宣言を意味する選択が、そこから気の迷いのような逸脱を……偽証や法廷妨害の可能性を……その内的な構成素として成り立つているからである。
この指摘は今のブッシュにも言へること。「性行為」を「軍事的征伐」に置き換へればよいだけのこと。もう一つ大澤真幸先生らしい面白さを上げると「エアポート論」も面白い。「たかだか」飛行機と空港といふ交通手段とその空間がこのやうになる。
飛行機旅行やエアポートは、言わば、語る身体=主体が、語られた主語の内に掬い取れない「残り滓」として、集積する場所である。
これだけぢや何が何だか「さつぱり」だが
実際、たとえば、普遍的な空間を踏破する全能であるべき主体が、飛行機の内部で、無能な主体として、つまり何もしえぬ者として扱われる
と具体的に(つてこれでもまだ抽象的だが)説明されて、アタシはつくづく納得。なぜヒトは飛行機の搭乗中と空港のラウンジなどにおいて、あゝも我が儘で文句ばかり言ふのか、と。あれは、ヒトが飛行機においては単に運ばれるモノと化すことへの健気な反発なのだ、と。そして圧巻はこの本の題名にもなつた「帝国的ナショナリズム」(書き下ろし)。グローバリズムナショナリズム、米国に代表される粗野なナショナリズムネグリ&ハート的な<帝国>の普遍性の象徴のやうな米国の存在。その矛盾をどう理解すればいいか?を大澤先生は弁証法的に解いてみせる。<帝国>の普遍性がじつはまだ未定=空無であり、それを普遍性の否定としての特殊な文化や生活様式、民族性の強調が示してゐること。<帝国>といふグローバル・スタンダード=普遍的なXが見えてをらぬ段階で、その内部に包摂されてゐる文化や民族性といつた様々な個々の執着や没入が、むしろ普遍的なXを確保させてゐる。だが問題は米国がそのX自身になつてしまふこと。米国が<帝国>の特権的な代表者であり、且つ特殊なネイションであるといふ二重性、これこそ米国の行動の「首尾一貫性の欠如」であり「地球的な矛盾の結晶」だ、と指摘。
▼昨日、肥後の殿様の能にまつはる文章引用したが、素人ながら大曲「道成寺」を舞つたことがあると称する者が舞台上で能面に閉ざされた内的世界を滔々と語るが、実はこれ、能など舞つたことのない詐欺師の弁で美辞麗句に満たされた体験談すべて嘘つぱちだつた、といふオチが三島由紀夫の『美しい星』にあるぢやない、と久が原のT君に諭される、がアタシは『美しい星』未読。三島由紀夫市ケ谷での割腹が今日。毎年十一月の歌舞伎座は廿五日が千穐楽。昭和45年は鴈治郎の八汐で「先代萩」の通し。竹の間が済んだ幕間に楽屋へ凶報第一報。政岡役の歌右衛門には役が済むまで伏せておかうと周囲の判断。だが腰元姿の役者のヒソヒソ話を小耳に挟んだのが、既に出の直前で紫袱紗の掛かつた懸盤を捧げ気構へてゐた緋無垢姿の大檀那。「ハツ」と胸を突かれた瞬間、目前の御簾がスルスルと上がり、御殿の大芝居。千松の屍骸に取り縋るクドキ「誠に国の礎ぞや」のあたり、その日は普段に増して凄愴の気が漲つた、と聞く。
▼数日前の朝日新聞岡野弘彦先生が宮中にて和歌指導の宮内庁御用掛より辞職、と記事あり。この夏、靖国がまた問題となるなか先帝が靖国のA級千版合祀に反対だつたといふ歴史の証言の一つが、
この年のこの日にもまた靖国のみやしろのことにうれひはふかし
といふ御製にまつはる岡野氏の回憶。合祀賛成派よりふしぎと岡野先生に抗議もなかつたのは、やはり宮中で和歌指導といふお立場ゆゑか。この夏、退任決意の頃、能登一ノ宮の折口家の墓近くに岡野先生の詠んだ歌の碑が建立される。
荒御魂の 二つあひ寄るみ墓山。わがかなしみも ここにうづめむ
折口大人は摂津西成は木津の出。だが養嗣子となつた藤井春洋が能登一ノ宮の人。戦死した春洋追悼がため一ノ宮に墓を建てたは有名な話。春洋さんの生誕百年で是非、と地元に請はれ、折口大人の最期を看取つた、現存最後の文人がこの「荒御魂の 二つあひ寄るみ墓山……」と詠む。宮中での歌詠みの大役を辞して、もあらうが、この句碑の建立も出来て岡野先生をして「ほつとした」と言はしめる、なんともこの言葉の深さ。春洋さん、といふと折口大人の養子で「若い」印象強いが、その春洋さんとて生誕百年。大人のこと知るのももはや岡野先生くらゐ。下世話ながら柳田折口の「牝鳥問答」の詳細なども、もはや忘却の彼方かしら。
▼豪州の首相待命のケビン=ラッド氏。大学で専攻が中国史と中国語で外交官として北京駐在経験もあり中国語の堪能さはAPECで訪豪の胡錦涛君とサシで話せるほどだが支那通は本人に留まらず息子二人と娘も中国語学び息子は上海復旦大学に学び娘の亭主は港僑とまぁよくぞここまで、の感あり。

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