富柏村日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴り始めた日記ブログ 現在は身在日本

fookpaktsuen2007-08-29

八月廿九日(水)母より九月二日の信州松本でのサイトウキネンオーケストラ(小澤征爾指揮)でプーシキン原作でチャイコフスキーのオペラ「スペードの女王」の公演、好事家には垂涎三尺、母の知る方が急用あり参観出来ずSS席が一枚あり、と連絡あり。アタシも、かつて大橘(十七代目羽左衛門)の半世紀ぶりの台湾は高雄公演に一泊で駆けつけた前歴はあるが、さすがに信州松本は週末に急には行けぬ。荷風散人も大正15年9月29日に帝劇で観たこのオペラ、「この人ならご興味ありか?」と思って連絡さしあげた方のうちお二人が「昨日すでに観ました」と。さすが。本日、晩に大會堂にて「戯以人傳 崑劇四大承傳大匯演」あり参観。崑劇は元末より明初に江蘇の崑山一帯にておきた戯曲劇にて崑山腔と呼ばれる独特に高音をいかしつつ低音まで音域の広い台詞まわしと歌唱に特色あり。明末清初に全盛を迎え、その後、清の時代は所謂、京劇に押され清中葉以降は徐々に衰退。但し廿世紀に地方劇の復興あり。舞台装置はせいぜい小さな廟壇と机、椅子程度で演じ手の巧妙な会話と歌曲が主。音楽も絃や笛、琴の調べが優雅。いわゆる京劇の大掛かりな舞台やカネや太鼓の鳴り物勇ましさ、軽業や剣劇的要素は皆無に近し。その崑劇がむしろ今ではその洗練ぶりに関心もたれ、普段の粤劇の公演など爺婆ばかりなのに比べ今晩もアート系の若者まで客席にはちらほら。この関心は何よりも作家・白先勇が崑曲の復興に努め氏による復活で青春版「牡丹亭」が評判になったこともあろう。今回の香港公演は、崑劇の、上海崑劇団、北方崑曲劇院、江蘇省崑劇院、江蘇省蘇州崑劇院、浙江崑劇団、湖南省崑劇団の六劇団の混成部隊によるもの。アタシは中国の伝統戯劇については、まだイヤフォンガイドでもあればそれが要る程度の初心者で、当然、舞台袖の字幕の助け借りての鑑賞で劇の所作云々にコメントもなし。演目のみ綴っておけば「西遊記より・胖姑學舌」「綵樓記より・拾柴」「雷峰塔より・断橋」「玉簪記より・琴桃」「單刀會より・刀會」と、「拾柴」「断橋」「琴桃」なんてお題はお能に詳しい方ならこの題だけからも芝居が想像できるかしら。「胖姑學舌」は三蔵法師の天竺行きを長安で見送る者の立場より、その盛会ぶりを娘二人が祖父に面白可笑しく語る話劇で、「拾柴」も貧者と寺僧の、いわば狂言。照明も明るい舞台なのに真っ暗な闇の中を表わしたりだの、観客としてインスピレーションが大切だから慣れぬとならぬ。「断橋」「琴桃」がまさに能。誰よりも「琴桃」で男役演じた上海崑劇団の岳美?が見事。「刀會」だけがカネや太鼓も加わりの戦記だが、大将が率いる見方の兵の並び具合で船を現したり河から関への上陸など、道具に頼らぬ様式美が興味深い。15分の休憩はさみ3時間10分の長丁場。一つ、崑劇に限らず京劇でも粤劇でも気になるのだが役者のワイヤレスマイク。拡声された声がスピーカー通じて大音響で響く。アタシはもともと大音量が苦手で耳栓持ち歩くほど(ほとんど地下鉄などでの周囲の輩の大声や「猿の自慰の如き」ゲーム機のピコピコ音対策だが)。この伝統劇でなぜマイクが必要なのか、歌舞伎でも能狂言でも地声でしょう、と思う。粤劇も地声で聴きたいもの。

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