富柏村日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴り始めた日記ブログ 現在は身在日本

三月八日(火)快晴。朝九時過ぎ携帯鳴り妹より父逝去と訃報あり。航空券手配。諸事済ませる。母に電話。安らかに眠るように亡くなったと聞く。Z嬢と午後三時過ぎのCX500便にて成田。機中にレイ=チャールズの自伝映画“Ray”観る。04年の正月に正月を父と一緒に迎えるのはこれが最後かと惧れながら香港に暮らしてから初めての暮れ正月の帰省。秋に京都から1泊のとんぼ返りで父母と大洗の海岸の温泉に宿し来光を拝む。暮れには帰省しまた父と正月迎えたが父は正月二日の別れ際に「今度戻つてくる時までには元気になつているから」と。その一言が最後の語りあいと覚悟。それが今生の別れ現実となる。先週一晩の駈け足で入院の父見舞つたが父にはそれがわかつたかどうか。成田空港でレンタカー借り午後十時に実家に戻る。焼香にと来られた方もすでにお帰りになり母と妹のみ。父は本当に熟睡しているような安らかな顔。母の話では焼香にと訪れてくれた生前の何人もの父の仲よきご婦人たちが「寝顔は初めてみた」と口にしてとりやうによつては意味深な物言いに思わず居合わせた人たちが笑つてしまつたと。それも父の人柄か。晩になつても気温摂氏十度。昼もだいぶ暖かかつたと聞く。ふと
久かたののひかりのどけき春のひに静心なく花の散るらむ
といふ歌が心に浮かぶ。母は昼に祖父の句をひいて
いてきわみ風花散る中行き給ふ
と詠んだと聞かされる。看病に疲れている母寝かせ父の側に牀を敷く。
きびしさも目尻ににかくす笑ひ顔 のどけき春に行き給ふ父
居間の戸棚に満寿屋の原稿用紙あり写句。父の酒棚からニッカのモルトウヰスキーを開栓し霊前に一杯供える。物音一つせぬ静かな晩。