富柏村日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴り始めた日記ブログ 現在は身在日本

三月七日(月)晴。晩に近々帰国のA氏の送別会。北角の利休。胡瓜と茄子の漬け物からして美味。うどんすき。A氏同僚のT氏よりT氏ワシントン駐在時の興味深い話聞くがとても此処には綴れぬ噂の真相的裏話。終わって余が食酒の師と仰ぐもう一人のA氏と銅鑼灣のバーS。A氏のマッカランの1851インスピレーションなる酒ご馳走になる。亭主M氏にハイランドパークのマクファイルコレクションが明日には入ると教えられボトル入荷以前にキープ済ます。
▼昨日の蘋果日報にて陶傑氏、北京での董建華辞任や後継者憶測だのについて陶傑氏は清朝の「恭親王」の話持ち出し興味深き言説。恭親王は道光帝の第六子にて咸豊帝の弟にあたる。才知あり咸豊帝即位後に恭親王に封ぜられる。北京には英仏連合軍押し寄せる清末に時代に対欧米列強との交渉の役担い日清戦争でも清朝側のご意見番清朝政府の重要な位置にあったが「鬼子六」と呼ばれる。道光帝の「鬼っ子」の如き第六子なる故。嫡子だのナンバー1ではないが重要な立場に置かれ、ただその存在ぢたいが権力だの構造をば揺るがす不安定さ。例えば毛沢東にとっての周恩来や登β小平、董建華にとっての陳方安生。曽権蔭が董建華にとっての鬼子六に当たるのかどうか。