富柏村日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴り始めた日記ブログ 現在は身在日本

十一月十一日(木)晴。キャセイパシフィック航空506便にて一路大阪。今回は香港大学博物館総監のY夫妻、同館長の畏友A君とその御両親、博物館関係者の四名とZ嬢がまず集合。台湾上空は晴れ中央山脈の絶景から日月潭など眺め「あそこが二水、埔里の街、あの山の向こうの集落が霧社、あの山の向こうが廬山温泉とこの八月にZ嬢と旅した台湾を手に取るように眺める。大阪への着陸は雨でかなり機体揺れる。関西空港JR駅にてJRパス受け取り特急「はるか」では新大阪から梅田に戻るのも億劫で空港快速にのんびりと梅田に向かふ。機中から先日知人にもらった(まず自分では買わぬ)堺屋太一の『平成三十年』なる小説?一読。香港がかなり舞台となる。九十年代末に書かれた物語で香港は長い不況を経て2007年だかの頃に中国の人民元が香港に撒き散らされ好景気となる筋立てだが現実には昨日読んだ田村秀男氏の本にもあるようにこの「香港マジック」は現実には昨年03年にすでに展開あり。この平成三十年にでは日本はどのような時代を迎えるかといふと結局は今年から見ても十四年後!にようやく日本経済システム大改革のための政党大編成による織田内閣だかが生れて、とそれぢゃそれでどうなるかと言うと堺屋は何も語っておらず。それだけ。空港快速環状線に入り二百頁くらい飛ばし読みして読了。大阪駅エスカレータもなく荷物抱え階段を上り下りして新阪急ホテルに投宿。客室にブロードバンド回線もなく今更日本でそれも驚かぬがモデム接続しようとして「ガウチョ〜!」は昨年秋の巴里旅行の失敗繰り返さぬようにとモデムカード準備してきたもののこの夏に台湾でノートブックがシステム破綻した後に復活させた際にモデムカードのドライバ入れておらず。ブロードバンドで繋がれば自動的にドライバ組み込まれるがそれも出来ず真っ青。昨秋の巴里、この夏の台湾でのシステムクラッシュに続く三度目の失敗。フロントに尋ねれば当然ワイヤレスLANもなくPC接続可の、それどころかビジネスセンターすらホテルになし。ホテル向かいのヨドバシカメラ梅田店にネットカフェありと教えられノートブック持参で訪れればPC並ぶものの個人のノートブック持ち込みお断りで外のテラスならワイヤレス接続可とのこと。一瞬安堵したが「会員登録はお済みですか?」と尋ねられEOSだか何かの会員登録で五百円払い書類に必要事項記入して……との説明で夕食の集合でタイムアウト。ホテルに戻り皆さんお連れして地下鉄御堂筋線で心斎橋。僅か三駅の距離で二百三十円=HK$15とは堺屋の『平成三十年』か、これは。御堂筋の商店街流して道頓堀。松竹座は昼は大和屋、夜は染五郎。法善寺横丁の入り口、串焼きの「たこ政」にて串焼き。たかだか串揚げが大阪だとなんでこんなに美味いねん。サッポロの生ビールもやはり香港とは比べものにならず。あれも食べたいこれも食べたいと思いつつ散歩して難波より御堂筋線で梅田に戻りホテルの甘味処でY氏夫妻らと数名で善哉など。中座してホテルのフロントで聞いたJR大阪駅のネット接続屋に出向く。此処もPC持ち込み不可。ホテルのフロントでヨドバシカメラばかりかJR大阪駅もいずれも持ち込み駄目やねん、どこか繋げるとこ教えてぇな、と三度尋ねJR大阪駅ホテルグランヴィア大阪ならロビーで繋がりますわぁ、と調べてくれたのでそのホテルに出向いたがロビーで宿泊客でもないのにネット接続は失礼かとロビーカフェで珈琲頼みいざ繋げば承認必要。このホテルのスタッフもネット接続環境のことなど全く理解しておらず新阪急ホテルで教えてくれたのはどうやらDocomoだかの会員専用接続の場所らしき。珈琲料金七百円。ふと新阪急のフロント君が「そういえば以前もそんなお客さんいらっしゃってヒルトンホテルのロビーで使えた、言ってはりましたわ」の言葉思い出し大阪ヒルトンホテル。またロビーのカフェで珈琲代損するのが怖いのでロビーのソファで堂々と接続試みれば反応の気配もなし。コンセルジュに尋ねれば「ワイヤレスLANにする計画はあるんですが」と。時間は午後十一時近く香港なら星巴珈琲などいくらでもワイヤレスLAN環境のカフェあり堂山のほうまで繁華街をば逍遥うが飲み屋とゲームセンターばかりで星巴珈琲の店すらなし。十一月なのに夜になっても歩いていると汗がだらだらの暑さ。ホテルに戻り何処も駄目ですわぁと語れば「ヒルトンさんも駄目ですかぁ」「高速ブロードバンドのある部屋もあるにはあるんですが」と。再び「ガウチョ〜」。それを先に言いなはれ、アンタ。恰度予約の客がまだチェックインしておらぬ部屋があるので短い時間であればお使いください、と「それ先に言ってくれなはれ」の世界。呼鈴ボーイ君がその客室で余がネット接続しとにかくモデムのドライバのインストール終わるのを待つ実に「まんじり」とした十三分間。無事インストール終わり部屋に戻りNHKの音楽番組で弔野清四郎先生の五十代のロック聴きながらモデム接続試みればウンともスンとも言わず。午後便での畏友A君もカナダから成田経由でのC嬢も投宿と聞く。これで一行十二名揃ふ。風呂に入り、風呂場は洗い場がある日本式、なぜ日本のトイレのウォシュレットは時計までついているのか不思議に思い、再びモデム接続試み結局は受話器上げて手動でダイヤルして反応音出たら接続しずっと受話器は上げたままピーヒョロヒョロの音を聞きながらなら接続可。いくつか急ぎのメールなど応えて日記綴れば深夜一時。深夜大雨。