富柏村日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴り始めた日記ブログ 現在は身在日本

九月十二日(日)立法会選挙。休みだといふのに朝六時過ぎに覚醒め朝刊読み七時半に近所の小学校に立法会選挙の投票。民主党のマーチン李柱銘君比例代表制選挙で党内序列二位で親中派御用政党民建連の二位候補と競り合いのためマーチン李君の民主党に一票投じる。投票了えてそのまま自宅の近くを三十分ほど走る。朝食済ませ漢方煎じて(写真)昼まで書斎片づけなど雑事。文藝春秋十月号で中島美代子の良人・らも追悼を読む。灘高三年のらもがジャズ喫茶で知り合った彼女をつれて実家の三軒隣の連れ込み旅館に入ってからアルコール中毒鬱病の、周囲から見ると悲惨な、だが夫人からすればその心境は達観の一言に尽きる。午後ジムでかなり久々に運動。夕方Z嬢とIFCの映画館にて田壮壮監督の『小城之春』観る。観客に老男女多きはこの映画が中国映画の古典代表作1948年の監督・費穆、主演・韋偉の同題の作品のリメイクの由。二年前の制作で昨年のウェネチア映画祭で確かグランプリだか、香港での上映遅れる。この物語の際どさは男女の三角関係ではなく、抗日戦争で荒れ果てた小古鎮の没落した名家でのこの人間関係が、それが主題のようでいて、結果的に原作の映画がまさにその時代そのままだったのだが、映画完成の翌年に共産革命となり今になって思えばこの名家の若夫婦も夫の幼なじみで妻の若い頃の恋人であった上海の医者も、夫の実妹も、その四人がこの先の共産中国でどれだけ苦労するか、命落としていてもおかしくない、そういう運命を登場人物たちは知らず、観ている我らはそれを察すると物語性が高まること。谷崎の『細雪』があの時代を背景にしておらねば全く面白くないのと同じことかも知れぬが、谷崎以上に、この作品は原作制作の当時の上海は抗日戦争勝利後の国共内戦に恐々としていた時期の同時代作品であることが中国映画史上に残った理由。今回のリメイクは田壮壮監督が単調な物語を敢えて単調なままで徹底した美意識を映像に映し出し谷崎的な域に至る。会話など殆ど「上品な中国語会話基礎」といふ程に削ぎ落としたことも効果あり。FCCで晩餐済ませ帰宅。選挙投票は十時半まで続き即刻開票となるが見出すと徹夜になること必至で早々に臥牀し読書。
▼昨日のヘラルドトリビューン紙にスペインが米英協調のイラク征伐路線から鉄道爆破テロ契機にいかに判断が正常化したか(副題は“Spain gets back to normal”)を“Dark Back of Time”の著者Jaview Mariasが書いており、そのタイトルは“There is no such thing as a war on terroism”といふTANSTAAFL(There Ain't No Such Thing as a Free Lunch)捩ったものだが、There is no such thing as a war on terroism. There can be no such thing againgst an enemy that remains dormant most of the time and is almost never visible.It's simply another of life's inevitable troubles, and all we can do asa we continue to combat it is repeat Cervantes's famous phrase "Paciencia y barajoar": "Have parience, and keep shuffling the cards." と、国家が軌道修正できることの当然性。
▼十月号は衝撃リポートとして「タカラジェンヌ創価学会」。歌舞音曲の芸人が信心深く学会信者多きことも事実。今更なにがタカラジェンヌ創価学会かと呆れるばかり。ところでこの記事で一つだけ気になったのは創価学会(池田会長)と中国の関係についての記述。昭和47年の竹入委員長ら公明党議員団の訪中があり、これが実は田中角栄の密命で、この訪中団が日中国交正常化への条件持ち帰り二ヶ月後の田中訪中で国交正常化されるのだが、これが今日の自公連立の芽吹き、と、それはいいが池田大作君が昭和49年以降たびたび訪中し中国党政府要人との親交結び周恩来先生から送られた桜木は今も創価大学構内で大切に育てられ「その仁義を守ってのことか」「世界中で布教活動にいそしむ創価学会が、中国国内では一切布教活動をしていない」といふ記述。この「その仁義」とは何か、なぜ中国要人との親交が布教せぬことにつながるのか話に筋が通らず。これは説明しようと思えば中国には中国共産党といふ巨大カルトがあるからこそカソリックにせよ信者多くなれば一つの力として法輪功などそれに觝触すると問題になるわけで創価学会もそれがわかるから中国国内においては学術文化交流としているのではなかろうか。ましてやかつて日中のパイプ役となれた当時は白雲賓館を場所としての一定の役割もあったろう。

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