富柏村日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴り始めた日記ブログ 現在は身在日本

四月廿日(火)旧暦三月初日にて穀雨。朝日の写真ニュースに京都醍醐寺のしだれ桜、その親桜は日本画奥村土牛の「醍醐」に描かれた名桜ながら樹齢百五十年だかで枯死まぢか、その蘇生にと住友林業筑波の研究所にてこの醍醐寺のしだれ桜のクローン苗による栽培と開花に成功、と。花は朽ちるを惜しみ嘗ての満開を懐かしむも亦た花を愛でる一途。科学の粋にて永久に咲かせて何が楽しかろうか。香港映画祭閉幕。六日よりの会期中に都合三十五本余の映画鑑賞す。強いて余の佳作上げれば“15”と“Elephant”に“不見”の三本。本日は閉幕作品に選ばれたのは台湾の余の好む蔡明亮監督の『不散』。毎度の如く李康生が主演、苗天が助演。八十二分の作品ながら台本は四頁くらいで済むかと思うほど徹底的に会話はなく大雨の映画館での閉館に向けての時間過ぎるのみ。映画館のひんやりと湿気のある独特の臭さ。映写技師(李康生)と脚の悪い掃除婦、豆頬張るを止めぬ奇っ怪な女とこの映画館に迷い込んだ日本人の男(三田村泰伸)、往年の娯楽カンフー映画『龍門客棧』が閉幕上映となり客はこの出演していた俳優二人のみ!、の孤独な関係。最後に映画館が閉まり映写技師がこの掃除婦が待つのを知らずオートバイで雨の中走り去り女が大雨の中を劇場をアトにして終わる。映画館を舞台にした最高傑作か偉大なる駄作か評は別れよう。遅晩に記者倶楽部のジャズクラブにて一飲。
▼『週刊香港』紙に讀賣新聞国際衛星版の三段広告に「読んでいます読売新聞」と香港柔道館館長岩見武夫氏が出演。香港の邦字媒体にては十数年前のリパスルベイホテルの日本料理「かぎや」の女将の「新参者ではございますがよろしくお願いいたします」で艶笑に続く久々のヒット広告なり。岩見先生が「読んでいます朝日新聞」だったら強烈だが、朝日は本来は読売に対抗すべく、ただ香港の著名人にて「読んでいます朝日新聞」してくれる方もおるまひ。ここはバイオリニスト西崎崇子先生にでもお願いすべきか。
▼七月の歌舞伎座といへば沢瀉屋一門の好演久しきところ今年は猿之助丈休演にて大和屋玉三郎沢瀉一門に加わり沢瀉屋の病状かなり深刻の様子。芝居通久が原のT君の話ではそれに加え京屋も病ひとか。七月の沢瀉屋に続き八月の野田秀樹芝居も恒例のところ今夏は野田九十二年のヒット作「贋作桜の森の満開の下」上場予定のところ野田歌舞伎といへば中村屋だが勘九郎丈この七月は渡米興行。この中村屋の渡米と沢瀉屋休演の煽りで野田歌舞伎「贋作」お藏入り。これに出演予定の大和屋飜つて七月出座で猿之助弟子一統との桜姫が十九年ぶり乍らこれで松島屋との好競演は未來永劫なかるべしとT君。その松島屋といへばT君曰く「前月當月、仁左衞門の技藝ほとんど神に入る。當月歌舞伎座晝の部の千本櫻二段目知盛、凄愴味と品格において團十郎幸四郎吉右衞門猿之助みな敵にあらず。僅かに初役の折の橋之助これに比肩するのみ。夜の部青砥稿通しの日本駄右衞門また素晴らしく、親子流離再會の因果物として眞面目なる芝居ぶり、藏前にて濱松屋惣領實は昔捨てし我が子なりと心付く肚藝の情味掬すべく、この件ほかの役者にては殆ど茶番となるべきを仁左衞門渾身の大悲劇たり。大詰極樂寺山門また壓卷、大百の鬘姿實に美事なる役者ぶり、先父十三代目の五右衞門の雄姿髣髴す」と芝居辣しく評すT君がここまで絶賛とはそれを見られぬことの残念無念。

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