四月十七日(土)昼まで市大会堂にて韓国の金基徳監督の02年の映画『海岸線』観る。北朝鮮との国境の沿岸警備隊の物語なり。敵は北朝鮮の筈が気負った兵士が付近の漁民をば敵と勘違いし銃殺したことに端を発し気が狂い除隊させられし兵士(張東健)が警備隊をば敵にまわし復讐といふ筋。敵は参らず個人と組織の自己崩壊の事象をば冷静に見せる演出。客席に許鞍華監督の姿あり。映画の終幕にてタイトルバックも観ずに立上がり香港は客ばかりか映画制作者も最後まで観ずに立上がるか、と思えば外に出てすぐに喫煙。なる程。天気予報は雨ながら快晴にて太陽の日ざし苛し。昼から科学館にて中国映画『雲的南方』朱文監督観ようかとフェリーで尖沙咀に渡るがすでに映画開始時間過ぎてタクシーも行列あり遅れてまでといふ意気込みも失せ複びフェリーで中環に戻り市大会堂にて欧州独語圏映画“Free Radicals”観るが最初の二十分見逃した所為もあろうが今ひとつピンと来ず。続けてシンガポールのRoyston Tan(陳小謙)監督の映画“15”観る。期待し楽しみに待った甲斐あり。シンガポールの15歳の不良少年ら5人の物語。Tan監督が中学での演劇指導をせし時に知合った学生を起用(監督の豪州ABCとの会見より)。俳優にあらず寧ろ俳優にはできぬ殴る蹴る、仲間との陰茎の長さ測り、ピアスの穴開けるため頬への針通し、カッターナイフでのリストカット、エクスタシーのお薬搬ぶため警察に捕まらぬようコンドームに詰めて飲込む様などもカメラ前に演技でなくまさに傷々しき本番。当然のことながらこの内容ではシンガポールでは若者の精神的圧迫だの自殺、麻薬扱っては規制に引っかからぬわけもなく一旦は上映禁止扱ひ。編輯し直して昨年のS'pore国際映画祭に出展せば受賞作品。上映後はかなり物議かもしたそうだが新嘉坡もこれが制作され上映できただけでも社会の変化あり。寧ろこれほどの作品は香港には見当らず。実際にこの映画に出演した少年ら、すでに一人は懲役刑、一人は警察の観察下にあり、一人は行方不明。ラップ歌いつつ軽快に登場の五人の仲間は一人減り、一人が自殺し、と最後二人だけとなり、社会から隔絶されたこの若者らの世界、恋人の如き運命共同体のこの関係、どこかで、と思えばこれは中上健次のまさに路地の若衆の世界そのもの。まさに中上健次の世界、と思えたら中上健次の物語も懐かしく情景がいくつも目に浮び銀幕のシンガポールの路地の物語が時間と場所を超えてオーバーラップし落涙禁じ得ぬ感。そういえば生前の中上先生がマニラにてポン引きに案内させケソン市などこうした少年らの屯する場所をば取材したといふポン引き君の語る話思い出し東南アジアのこの若衆の世界に中上健次挑もうとしていたのか、と今更ながらの想像。確かに紀伊のあの路地の物語にはアジア的。昼とは一転して雨強し。市大会堂のもつ空間性は建設から四十年たった今でもモダンの調和があり。ロイドからのモダンが「まだ」調和保っていた時代の歴史的建築。市大会堂の中庭より大会堂のビル高層部とマンダリンオリエンタルホテルを望む(写真)。ジム。大雨雷暴のなかFCCのバーにてウヰスキーソーダ(氷なし)飲みつつ新聞数紙と岩波『世界』半分程読む。晩にZ嬢と雨のなかWellington街の埃及料理屋Habibiにて食す。美味いが「いつも」といふ気にもなれず数年に一度訪れるのみ。Z嬢と別れ複びフェリーにて尖沙咀。Space Museumにて“The Corporation”観る。題名の通り今日の法人としての企業形態の様々な分析と問題性の顕化をば考えるドキュメンタリーだが出演するのが米国の奇才マイケル=ムーア監督やチョムスキー教授だけなら「その筋の作品か」と思われるがシカゴ学派のフリードマン教授まで出演すればシェル石油やナイキのCEOまで出演してしまう幅の広さ。人類の創造物としての資本主義下でのこの法人企業形態を(そもそもCorporationなる呼び方すら「色がついている」と冒頭に指摘)けして非難ばかりでなく形態の特異性や柔軟性、社会還元などもきちんと取上げた上で、それでもやっぱり大企業のもつ力や政治性、政府との癒着や環境破壊など問題点の大きさは払拭されず、それをどう我々が法人をばコントロールできるのか、と150分たっぷりと考えさせる立派な内容のドキュメンタリー。これが制作できるだけ「あの」米国に「まだ」立派に存在すると感じられる知性。
▼築地のH君が悲観的。文字通り「戦後」終わったと実感されられる本当に恐ろしい世の中、と。少なくとも戦後の日本社会はとりあえず「右から左までタテマエの上では「人命尊重」という枠組み」あり、そのために右派なら右派はせめて自衛は必要と説き岸信介ですら海外派兵は絶対にない、と断言していたものが、易々とそのパンドラの函が開けられたばかりか人命すら国益に劣るのが今の時代。H君の教示で松沢呉一氏の「自己責任」読むが秀逸。イラクが米国の征伐中であり自衛隊すら引き籠りの危険なる状態のなかに飛込むのだからリスク高きことも覚悟もできてのこと、他者がそれをどうのこうの、軽々しく良いの悪いのと慮しても火事場の見物の如し、と余は感じたが、あまりに「人質あろうが自衛隊のイラク駐在は続けるべきだった」の評価高きことに驚き元へ前言撤回。「人質になっても仕方ない」と済ませてしまふ恐らく「小泉さんなら改革してくれるんじゃないか」と小泉三世支持し石原当選の三百万票の一票を投じる人の増殖。H君の言を借りれば「世界中でどんな大量虐殺があっても眉一つ動かさないような人々が、さも「国益」「公益」を憂うる義人のような顔をして熱に駆られたようにイラク「反戦派」を罵ることに熱中」といふ状況では、敢てそれに否を呈すべき。現状は日本に限らぬが香港も米国も同じだが顕かなのは社会の二分化。改憲されようが石原が何をしようが教育がどうなろうが不感症の思考力停止モードにある層とそれに警笛ならし偏向者扱いされる層。六十年代も安保闘争あったにせよ少なくとも高度経済成長なる錦の御旗の下での左右抗争は今思えば平和な時代。今なら樺美智子とて「自分で望んで国会議事堂の機動隊との衝突現場に行ったんだから」と「仕方ないんじゃないの扱い」だろうか。