富柏村日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴り始めた日記ブログ 現在は身在日本

十月卅日(木)快晴。ここ数日気持ちどこか切なくチョコ食しほっと束の間の安堵得る日々。チョコの食べ過ぎ。巴里にて珈琲飲むたびに添えられし一片のチョコに魅了されたか。晩遅く山崎俊夫『夕化粧』少し読む。荷風絶賛と伝えられる文才、確かに一葉、露伴よりの文字追えば情景目にありありと浮かぶ「声に出さなくても読めばわかる美しい」言葉の世界。
▼名前出すのも不快千萬の「あれ」が今度は救う会東京主催の「同胞を奪還するぞ!全都決起集会」にて
私たちは決して武力で侵犯したんじゃない。日韓合併を100%正当化するつもりはない。彼らの感情からすれば屈辱でもありましょう。しかしどちらかといえば彼らの祖先の責任
と発言し当時の朝鮮半島について
分裂しすぎてまとまらないから、彼らの総意でロシアを選ぶかシナを選ぶか日本にするかということで同じ顔色をした日本人を、まぁ手助けを得ようということで、世界中の国が合意した中で合併が行われた
と。今さら「あれ」の発言について目くじらたてたところでで「あれ」がこの程度なのは明白なる事実で問題は「あれ」を首長に選んだ300万人の都民の民度が疑われること。どうすれば「あれ」を都知事に選べるのか。こうした発言続いても都知事リコールの声も起きぬのは、結局、一昨日の暴走族少年に対する裁判官の産業廃棄物以下発言と同じで、実は朝鮮についても「朝鮮なんて後進だったから日本が経営してやった」的な発想が、事実でないにしてもそうとでも思わねばアイデンティティすら自律出来ぬほど弱い民族精神、国家精神なのだが、さふいふ弱輩がうじゃうじゃしている、ということに他ならず、石原の暴言にスカッとして内心「よくぞ言った」と賞めており、みんな言いたいこともいえず悶々としている中で堂々と主張する首長の姿が誇らしいのか。選んだ上で「あれ」がこうした発言を繰り返しでも、300万人はそれが実際には都政に影響がないからと割り切っているのだろうが、常識的に考えば都政に影響がなくても自治体首長の、それも一国の首都の首長の人格が疑われるだけで失職して当然。「あれ」が都知事としてこういう発言続けているという事実だけで「あれ」を選んだ都民も日本という国家までが海外から白眼視されている現実。救う会救う会で、「あれ」は都議会の答弁の中で曽我ひとみ女史の母について「殺されたんでしょ、その場で」と不謹慎発言(さすがにこの発言は撤回し深謝)、本来なら救う会都知事のこの発言を徹底して糾弾すべきなのだが、それを決起集会に来賓として招くとは小学生が見ても胡散臭い世界。