富柏村日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴り始めた日記ブログ 現在は身在日本

六月二十六日(木)小雨。俳優名古屋章氏逝去の記事蘋果日報に写真入りで有り。なぜ香港?と思ふが何といっても香港の30〜40代にとってはウルトラマン。記事には「“帰来超人”で地球防衛軍隊長を演じ」と有るが正確には“歸來超人”にて名古屋氏はナレーターであり氏が隊長なのは“超人太郎”のZATだったはず。地球防衛軍国際連合の下部機構であったといふことを改めて認識す。冷戦の続いた70年代に米国の覇権によらずかふして国連主導にて世界が一丸となり地球を防衛した美談なり。
▼蔡瀾氏の「十件事」なる本日の隨筆。
また出かけていろいろ片付けなければならない。
秘書から指示あり。今日は十件あって、まず友人と九龍城で朝食。9時半から11時まで病院で身体検査。喉飴のはいったアルミ管くらいの試験管に一本一本、七八本も採血されるので、看護士に「なんで一本だけ採血していろんな検査に共用しないの?」と尋ねた。
看護士は笑って「採血はいいんですよ、新陳代謝になるし新しい血ができるから」と言う。
なるほどね、採血されているが彼女の技量がいいのか痛みもない。11時半から12時まで知り合いの歯医者で歯の洗浄。黎医師の噴射式洗浄はギーギーガーガーと歯を研磨したり超音波など使わないからまったく痛みもなく半時間で終わる。
12時半から1時半まであるレストランで試食。なかなかいい味だが平凡で特色がない。店のために自分がいくつか料理を発案したらなかなかいい味でだがいくつかの料理はまだ改良が必要、次回までの宿題である。
午後2時から整髪。美容師Billyは上手く私の髪の毛を毛根の向きでうまく揃えてくれる。だがこんな年になっても禿げもせず、彼の技量よくてもそれを活かすこともできず、か。
3時からは(自分の企画する)旅行ツアーの会議、もう勝手がわかっているから30分で終了。
4時から新刊の自書の打ち合わせ。夏の書展に間に合わせて刊行。5時からは雲呑麺の研究だが、もうネタが出尽くしたかもしれないが、友人が新しいタイプの雲呑麺を創作したいという。旧来の雲呑麺の市場はもう値下げ合戦でボロボロ。ここの店は10ドルでかなりのボリュームかと思えば隣家が9ドルにして、次には8ドルが現れる。何ができるか。銅鑼湾なら1ヶ月の家賃が27万ドルにもなるってのに。
6時に酒場でHappy Hour、マネージャーがブランデーを1瓶注文してくれたらもう1瓶つけるよ、と言っている。7時から晩餐。
こんなに一日に沢山のことができるのは香港だけだ。
……一読した感想。ただただつまらない。単なる日記。これが香港で最も人気のある隨筆家だと言う。問題は蔡瀾氏が大家になりすぎて新聞社側に蔡瀾氏に物申せるような編集者の不在。
▼Souch China Morning Postの先週末の記事だったか、3万人という貧困層の子どもへの環境調査の報告あり。約70平米の住宅に8世帯で暮らすという少年。70平米で実用面積が80%とした場合に1世帯あたりの床面積はわずか7平米=2坪、つまり畳4帖が1世帯。二段ベッドに夫婦と子どもらが添い寝して生活も当然ベッドの上でとなる。集合住宅の1単位を簡易壁で仕切ったり小部屋に1世帯ずつで台所と便所を共有したり、ビルの屋上の不法増築であるとか、籠屋と呼ばれる鉄格子のついたベッド1つ毎の賃貸であったり。もちろんこのような劣悪なる生活環境は今日に始まったことに非ず、中共成立前後であるとか文革であるとか数十万という難民が一度期に訪れ当時の住宅事情など今日のこの貧困などに比べても想像絶する劣悪さであったのが事実。だが何故、今この問題が深刻かといえば当然当時は皆が貧しかったわけで今日のこの調査対象となった子どもらの6割が友だちを家には絶対に入れない、と答えていること。当時なら皆がその環境であり貧困は恥ずかしくもなかろうが今日では貧富格差が大きく(富裕層は当時も今もそのままだが貧困層と中間層の格差の大きさ)貧困層の子どもの精神的な圧力の大きさは過去の比でなし。ましてや経済成長が滞る時代ではちょっとした商いでは薄利、普通に学問して普通に働いて、でどうにか糊口をしのぐ程度では、とても夢も希望もなし。