富柏村日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴り始めた日記ブログ 現在は身在日本

十一月十二日(火)快晴。多利高と好利高の馬主C氏の倅C君とB君より十日のレースにて掌門に差され 惜しくも二着に甘んじた多利高、十二月の香港国際レースへの参戦がため今週末の沙田1600mに挑むと報せあり。余は香港Cupまで狙わず同じく国際G1 レースの香港マイルこそ相応と思うがC氏家族の意気込み凄まじ。C君と十日のレースの分析となり、やはり結論は掌門の勝利はやはり「馬主が榮智健である」 の一点に尽きる、と。多利高の次戦、国際レースへ向けての予想は?と尋ねられ、余は多利高かなり騎手の好み強き馬にて李格力君にては出走時の轡捌き悪く出 遅れ目立ち折も合わず、昨季のダービーにて多利高を三着に導いた実績あるDoleuze君が最良ながら多くの調教師の覚え目出度く引合い多く弱小厩舎の伍 調教師にはまわらず、ダービー後李格力君での未勝をここ二戦で三着、二着としたSchofield君でこの二戦同様に出走さえうまく出きれば中盤からの伸 びは自然と期待できる馬にて中盤まで馬に不快感もたせずレース楽しませることができることが必須、と答える。当然のことながらその李格力君騎乗にて初戦は 降格にて二着、五日の第二戦では見事一着になつた好利高は如何にと問われれば、これは李格力君の奮闘も然ることながらこの若駒、まだ無邪気にてただ走るこ とが楽しく騎手を撰ばず。来季にはレース覚え騎手との相性も出てこよう。晩に佐敦でお座敷かかり跳ねて半年ぶりか呉松街の和味粥店にて及第粥食す。二更に MTR搭り週刊読書人に旧東独逸にあつた国際民主婦人連盟書記局に長く勤めベルリンの壁崩壊までを体験し『世界地図から消えた国』(新評論)など上梓した 斎藤瑛子女史の詳細に渡るインタビューあり一読しつつ、こういう貴重な仕事が週刊読書人でされていることに感心などしていてたら銅鑼湾にてとたんに車内酒 臭きこと午後11時40分の西武新宿線高田馬場駅での混雑の如し。周囲眺めれば赤ら顔の日本人会社員多く足許には引率の母に連れられた遠足の如き日本人の 小児ども溢れ何事かと思えば小児のはためかす応援旗を見れば日本より清水だか沼津だかの職業蹴球隊来港し試合あり。余は、確かに或る事情あり(笑)この春の世界盃にてはブラジル応援しその勝敗に一喜一憂したものの蹴球ばかりかスポーツ観戦に興味なし、とい いつつ一度、後楽園ホールかタイにて闘拳だけは見てみたいと実は思う。
▼台湾前総統李登輝君慶応大学学生サークル「経済新人会」招請により「若い人たちの熱意に応えたい」として 「日本精神」をテーマに講演のため日本への渡航査証申請、と(朝日)。「若い人たちの熱意に応えたい」と 宣ふが親日台湾ロビーの金美齢女史暗躍どころか公躍し慶應の「若い人たち」など利用されているだけ。それにしても不憫は李前総統。台湾民主化の父、この 「日本精神」はけして保守反動右翼の日本精神に非ず近代の自立した個としての旧制日本の福澤先生から美濃部博士、西田幾太郎先生までの岩波的日本の教養主 義にてキョービの日本に呆れ喝を入れたき気持ち解らぬでもないがキョービの日本ではただ利用されるばかり。この「若い人たち」十年後、民主党代議士か。
憂国都知事石原某、北朝鮮拉致被害者家族の呼び寄せについて「(拉致被害者の)子供を一人でも迫害した り、病気と称して殺したりなんかしたら指弾の対象になる」「そういう国と日本は堂々と戦争したっていい」と(朝日)。 この人の言論の本意は真意にあらずウケ狙いであること。敵の存在なくしては自己確立ができぬ故、敢えて敵を作る。戦争になどならぬと確信しての意図的暴 言。ブッシュを引きあいに出す迄もなく反テロ、国家安全と叫ぶ者ほど実はテロを必要とするもの。石原某、自らは「都民である」在日外国籍「市民」を迫害し つつ自らが指弾の対象となることを持て囃されることと錯覚し悦に浸る愚か者なり。
▼日々狂わんばかりの現実に『信報』一読することにて涼を得どうにか狂うこと避け日々を送る如し。香港の知 性、民主党党首李柱銘君論説にて曰く基本法23条立法化にて問題点は保安局長葉劉淑儀なり律政司梁愛詩なり23条立法化について「中央政府との共識を達 成」だの「23条は国家の安全を維持するためのものであるから我々(香港政府)は中央に諮詢」だのと宣ふ がそもそもの問題は李柱銘君曰く「香港特別行政区立法権があり」(第17条)「香港特区立法会は基本法 の規定に基づき法律制定をする」(第73条)のであり香港特区の立法権は立法会に属することは明白、それ は特区政府と中央政府のいずれに非ず、「中央政府との共識を達成」だの「中央に諮詢」といふが香港特区にて立法会にて可決され立法化された法令を審査する 権限のある北京政府にて唯一の機関は全国人民大会常務委員会であり(第17条)梁愛詩の指す中央政府に非 ず、最も重要なることはこの審査権の行使は立法会にて法令が制訂された後であり立法化の前にその審査権なし。中央政府全人代常務委員会、香港特区と香港 特区政府すら混沌とした認識である梁愛詩や香港政府は彼らの最も重要は職務が一国両制下にて立法権を含む香港の高度な自治を擁護することであることを理解 しておらず、と。御意。この23条立法化にて不思議なることは、といふよりも97年以降の香港の興味深き点は中央政府の施政に非ず香港特区自らの北京中央 に対する従順さにて葉劉淑儀にしても梁愛詩にしても英国政府下にはそれに従い北京となれば北京に靡く様これを奴隷根性と云ふ。然りとて李柱銘君の指摘は正 論なれどある面では梁愛詩の認識は正しくもあり北京政府なるもの政府中央と全人大常委など組織の看板こそ異なれ中身は党中央そのものにて三権分立も行政と 立法の分別もなき<政権>と思えば法律にていくら定めようと感覚すでに法規超越すること明らかにて「言っても聞かぬ」か(嘆)。
▼李柱銘君といへば何故に日本の政界にこの御仁の如き政客現われぬか。ロンドンにて法律を学び香港を代表す る弁護士となり左右両派よりの信任厚く中英合意以降は香港基本法制定の諮詢委員まで務めるが天安門事件での北京政府の人民弾圧に抗議し支聯会に属し民主党 結成し今日に到るが日本に彼の如き論の立つ保守反動も一目置かざるを得ぬ中道左派の政客はおらず。香港にては中英合意、天安門事件、香港返還といふ経緯の 中で政治が人々の生活を徹底的に支配する岐路に立たされ、その中でかういふ政客が現われるに到ったが、結局のところ日本にてはさういつた岐路とて終戦とて 国体護持され市井の営みは何も変わらず日米安保とて騒いだだけ、本当の岐路もなし、ただ「アメリカの傘の下、夢も見ました、民を見捨てた戦争の果てに」と 桑田佳祐は謳ったが、まさにアメリカの傘の下、夢を見続け今日に到った、だけか。
▼それでも日本がまだマシは首相の愚息が政治権力に溺れず芸能に溺れただけで済んだだけせめてもの救国とい ふこと。韓国にては大統領金大中君の愚息37億ウォンの収賄と脱税にて懲役二年執行猶予三年追徴金2億ウォンの一審判決。これは次男にて長男は同罪にて懲 役三年六カ月追徴金5億ウォン。なんだこれは。独裁政権に対する民主主義運動にて生死を徘徊い死刑判決から復活して民主化を遂げた韓国にて元首になった男 の息子二人がこれである。儒教の仁だの義だのとは何処へ。それでも韓国がまだマシなのは国家領袖たる親の地位利用した利権に絡む愚息が逮捕されるだけ太子 党のさばる中国よりまだマシである、といふことか。呆れてモノもいえぬ東アジアの儒教国家三国なり。
富柏村ついに2chに登場す(怖)。「復活!! 香港オタクを藁う会」といふスレッドながら因に「藁(わら)う」は誤字にて「嗤う」が正しいので は?
452 :異邦人さん :02/09/09 19:39 id:zqopfpq4
すみません、451さんのとおりです。449さん、「香港通信」、いやあ、懐かしい
ですね。確かに体当たり取材は評価します。名物編集長の吉田氏もよかっ
たです。あの人、以外とおとなしい人でした。これは、私の意見ではありませんが
連載していた富柏村なるペンネームの日本人が、bbsやっているひとを愚弄
していた文が掲載された時、頭にきた、殴ってやる、といったクレームが編集部に
殺到したことがありました。吉田氏も頭かかえていました。
と。そういふこともあつたと回想し余も事の詳細経緯忘却の彼方にて富柏村ゑぶさひとより原典紐解けば「ハバ タク女とハネオル男の諸相」なる文章にて一読すれば明白、「bbsやっているひとを愚弄」に非ず香港にて活躍する日本人女性に比べ萎えた男を揶揄 するが主題……ながら確かに当時ニフティサーブなど繋いでいた方はかなり罵詈されたと思っても当然か。編集長の吉田氏より「実際に深センにそういう人がい てかなり怒っている」と聞かされし。当時のパソ通は現世の2chの如き罵倒性なく管理人さん中心に和気靄々とした「閉じた」世界にて其処に籠る男たちの不 甲斐なさありやなしやと感じた次第。いずれにせよ富柏村曰く「1ドルの得にもならないのに」「インターネットで香港情報を提供する」「いいんですよ趣味な んですから……」「インターネットでもう完全にイッてしまった」といふ当時富柏村に罵られし者はまさに今日の余の姿なり。それに免じて当時の暴言を赦され たし。
▼日本の知性、岩波書店、『インターネット術語集2―サイバーリテラシーを身につけるために』矢野直明著な る新書上梓し「ネット社会を自律的に渡っていくための知識が満載」と。ネット社会に遊ぶ輩、けしてこんな本など読まず、この本のサイバーリテラシーなど会 得したつもりにて2chなどに入り込めば途端に罵倒され去るを得ず。

 無名こそ貫きとほす霜柱 松根久雄(和歌山新宮の俳人