富柏村日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴り始めた日記ブログ 現在は身在日本

十月十四日(月)重陽節。間もなく秋の走行の季節にて最近は山道走るばかりにて舗装道のロードレース に慣れておらず突然走って身躯驚かせてはいけぬと引越して早二カ月半余、晝前に久々に寶雲道。朝は多雲ながら晝頃から青空清々し。二往復16kmを心拍数 も上らぬよう遅々と走り7min/kmほどか。これで好し。Z嬢とMagazine Gap Rdの公園にて待合せ動物園抜けて久方ぶり粗呆区に到る。心地よき午後にて電梯沿いのBayouと云う米国南部料理、肆の奥は燦々と陽射心地よければケイ ジャン料理で麦酒かと赴けば肆すでに閉業。Elgin Stの貴如はさすがにこの午後は閑散とし梅子蒸排骨、烏賊と西蘭花ブロッコリー)の炒め物、蝦仁炒麺食す。Z嬢ジェラート所望し閣麟街に肆を出した Xtconice(Exotic on Ice)に赴けば隣家の、余が懇意続けたる古董●(金扁に旁は表にて腕時計を表す)鎧戸下りて不動 産屋の下品な看板余多掲げられる。移転の報掲げられるわけでもなく不況続き骨董のRolexなど購ふ客も減り返還前には日本人客にて賑わった肆とあっては 流石に経営厳しく肆閉じたかと察す。この坂上、卑利街に住みし折ふと通りかかったこの肆で58年だかの文字盤が薄桃色のRolexの時計に一目惚れし肆の 扉を押せば店主温かく余を迎え暫し時計談義の末にすでに朋友なりと廉価にてそのRolexを譲られ骨董ゆえに動かなくなりもすれば針が外れることもあり、 そればかりか硝子に傷をつけたりと、その度毎に肆を訪れば一度硝子に皴を入れた時を覗き店主いつも気軽に無償にて修理請負ひたり。年に数度の交友ながらそ の八年を思い出せば普段なら美味なるジェラートの味も一向に美味からず。午後に至り陽は射るほどに中環の市街を照らし写真機携えなきことを惜しみつつバス にてうたた寝し帰宅。薄暮に風呂につかり荷風先生日和下駄読みつつ寝室を通して風呂よりBeacon Hill(筆架山)のむこうに大帽山の高峰眺めらるるを識る。晩に豪州Wolf Blassの白葡萄酒01年飲みパスタ食す。NHKのドキュメンタリにて「中国のキムタク」などと評判?のピアニスト李 雲迪が師事せし但昭義と深セン芸術学院にてピアノを学ぶ少年少女たちの映像を視る。但昭義のことも深センに中国屈指のこんな学校があることも今日 まで知らず。この学校の英才たちがまず目指すは香港ピアノコンクールながら果たして香港にこのやうな学校も教授陣もいるかといへばおらず。荷風「日和下 駄」続けて読む。曾て恵比寿に住み休日には神宮、青山、赤坂から秋葉原まで自転車を乗り回した余には東京は実は高低の厳しい土地にて坂が多きことも体感で きることなれど荷風先生「崖」なる章にて「根津の低地から彌生ケ岡と千駄木の高地を仰げばここも亦絶壁である。絶壁の頂に添うて根津権現の方から団子坂の 上へと通ずる一条の路がある。私は東京中の往来の中で、この道ほど興味ある処はないと思っている。片側は樹と竹薮に蔽われて晝猶暗く、片側はわが歩む道さ え崩れ落ちはせぬかと危まれるばかり、足下を覗くと崖の中腹に生えた樹木の梢を透して谷底のような低い処にある人家の屋根が小さく見える。されば向は一面 に遮るものなき大空かぎりもなく広々として、自由に浮雲の定めなき行衛をも見極めらる」と。荷風先生らしい誇張もあろうが根津から千駄木に坂が急なことは 知りとてもここまでの崖といふ感覚はなし。この日和下駄、大正四年に刊行され荷風先生御年三十四歳ながらすでに初老を気取られるが「閑地」なる文章に「私 は雑草が好きだ」と明言し「一ツ一ツ見来れば雑草にもなかなかに捨てがたき可憐なる風情があるではないか。然しそれ等の雑草は和歌にも咏われず、宗達光琳 の絵にも描かれなかった。独り江戸平民の文学なる俳諧狂歌あって始めて雑草が文学の上に取扱われるようになった」と心情を吐露。つまり荷風先生が愛した 市街、銀座のカフェ、玉ノ井のちの浅草は全てこの雑草が如し。
インドネシアはバリ島クタのディスコにて爆弾炸裂し二百人近くが死亡。当然のことながら彼の国テロ撲滅と 息巻き世界最大のモスリム信者を有すインドネシアもその警戒対象となればテロリストによるテロも元凶はテロに狂う側にあるのかテロ撲滅に狂う側にあるの か。いずれにせよクタに遊ぶは豪州の酔っ払いばかり、対米テロとして地点誤ってはおらぬか。これではまるで二二六事件での青年将校らの謀反にて玉ノ井の娼 家を襲うが如き見当違いなり。それともこの「ブッシュ率いる巨大なるカルト国家による悪の枢軸撲滅」という狂った非常事態にあってバリを黄泉とでも勘違い し夜な夜な酔っ払い遊び呆ける衆に対してのテロリスト側からの命引き換えの警告だったのか。わからぬ。北欧だのバリだのさういった暴挙から無縁に思えた土 地に続く無惨な出来事。ちなみに我が国の外務省の海外渡航情報は「インドネシアに渡 航・滞在される方は、ここ当分の間、ショッピング・モール、デパート、レストラン、ディスコ、カフェ、宗教施設等多数の人の集まる場所や公共施設の近く等 にはできる 限り近づかないようにするとともに、外出する際には、このような事件等に巻き込まれないよう、最大限の警戒を行うほか、周囲の状況やその他の動向にも十分 ご注意下さい」と。親切なようでいて一切何も語れぬ空虚なる文。そもそも観光なるものが飛行機、空港、ホテルといふ「人が集まらざるを得ぬ場所」なしには 成立しえぬものであり、預言者でもあるかぎりトーシローの観光客に無差別時限爆弾に対して周囲の状況やその他の動向など最大の警戒とはいったい何ができる のか。NHKの海外安全情報にては香港についての無意味な内容が消えたかと思えば今度は北京(笑)、天壇公園にて最近引ったくりなどの被害が増えている、 天安門広場などでは観光客を狙ったスリも多く、空港には白タクが客引きをしている可能性がある、と(嗤)。北京など外国人に限らずお上りさん相手のスリな ど昔から多く、ただ日本人は多額現金携帯者につき被害が大きいだけにて、空港には白タクは「いる可能性がある」のではなく「絶対にいる」のである。馬鹿な 安全情報など流すべからず。空港から白タクが一掃されたら珍事として報道でもすべし。世界どこも同じにて東京も新宿など繁華街にスリなどあり成田とて白タ クいることを真摯に捉えず「香港では」「北京では」「リスボンでは」とただ無意味に流し視聴者それをただ呆然と眺める我が国のまことにもって愚かな事象な り。言葉遊びといえば同じNHKのニュースにて「今日、釜山で開催されていたアジア大会が閉会式で幕が閉じられました」と。観梅を見に行く、が如き愚昧な 表現。開会式で幕が閉じられでもしたらニュースにて大袈裟に報道すべし。