富柏村日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴り始めた日記ブログ 現在は身在日本

七月十七日(水)雨。Rolex腕時計修理に中環Jardine HouseのRolex香港社に赴けば流石に世界に名だたる時計製造業社にて顧客服務部は何処の航空会社がラウンジかと見間違えるほどに落ち着いた気品あり坐り心地よきソファがかなり余裕ある間隔に位置し壁に広告の類ひ一切なく接客員が凭りかかる机上には待ち客の番号札と日付印以外何もなく不愉快な軽音楽も流れなければ電話の音すらせず。折角素晴らしき内装にしても机上に粗末な文房具なんの気配りもなきまま雑多に置かれる航空会社の発券カウンターなどと異なり緊張のなかに至上の美学を感じ入る空間なり。接客も真に慇懃にて奥の作業室に一旦運ばれたる腕時計は数分後に時計とベルトに解かれビスの置き場まである専用の皮箱に寝かされ静々とまた客前まで運ばれてみれば皮の張られた机上に細々した文房具の類一切なきその意図を合点。宝石が鏤められし貴金属としての時計がやりとりされる場の緊張感漂うなかでビス一つ見当たらなくなってはいけぬ配慮。敬服。ジム。世田谷のT君よりメールありT君銀座の某寿司屋にて親方と談義弾めば偶然にもカウンターのその席が店の先代のご主人の頃にT君慕ふ故石川淳先生いつも坐られし席にて感極まると。石川淳とへば夷斎先生の綴られし文を読み自らが日本語読めしことをありがたいと思へるほどの筆致にてジイドの翻訳、鴎外漁傳といい先生の日本語は鴎外、露伴荷風と並ぶ至宝にてその全ての全集を揃えしT君羨まし。この寿司屋は池波正太郎先生も贔屓にされた名店なり。T君と何故に石川淳の著作は絶版ばかりなのかと惜しみ(岩波文庫にてジイド『法王庁の抜け穴』すら初版からわずか数年ですでに絶版)話題は荷風から乱歩、矢田挿雲と江戸流れに至る。
▼香港より大陸への普通話特訓の夏季課程旅行流行るなか数日前北京にてホテル火災あり中学生二名が死亡。中国のホテルなどの防火設備の貧しさ問題となるが今日になり北京市警当局現場検証にてこの旅行に参加せし少年二人の燐寸による火遊びが出火原因と公表す。面白きはこれを記者会見する当局警部にて明らかに各地での報道を意識し香港媒体が取材が関心は中国=厳罰国家=犯人に人権なしといふ不安といふ名の期待感=少年が国内法にて罰せられるのか香港の司法に委ねられるのかといふ<ネタ>をじゅうぶんに察し中国警察の威信面目背景にホテルが燐寸をかざしながら(死亡事故に結びついたが)「彼らは故意にやったわけではない」と言って席を立った警部去り際に一言「一人の少年は十二歳以下にて刑罰の対象に非ず」と取材陣を睨んでチョン、お見事!と大向より声がかかるが如き芝居ぶり。メディア洪水の中で素人がレンズを向けられれば動顛するどころかその<まなざし>に応え下手な役者顔負けの芝居を演ずる今日日の世界。