富柏村日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴り始めた日記ブログ 現在は身在日本

十一月十九日(月)快晴。依然としてvirtualave.netにてサーバー不調?にて日記等uploadできず。South China Morning Postの評論記事にてFar Eastern Economic Review(極東経済評論)のアジア報道部門がAsian Wall Street Journalに吸収合併され今後はAWSJがFEER誌の編集に当る旨親会社であるDow Jones & Coが発表せし事を知る。この雑誌、戦後中共が上海を陥れし折に香港に逃げたりし二人の中欧出身の猶太人Eric HalpernとKarel Weissにより香港にて創刊されし経済誌にてKadoories、Jardinesに香港銀行といった当時の香港英資本が資金提供す。それから地味な発行が続いていたが70年代に入り香港経済が成長し始めアジア近隣の経済成長著しくなればこのアジア唯一の英文経済ニュース誌の需要も高まり80年代末には74,000部まで発行部数を延ばす。この頃にシンガポール政府への批判的記事が季光燿の怒りに触れシンガポールでの発行が停止処分となり特派員もシンガポールから引揚げ10,000部の部数を落しアジアバブルの崩壊にてその後部数は落ちるばかりなり。中立にてリベラルという立場にてアジア報道を続け季光燿も結局はこの経済誌を自らの政策主張の発表の場として積極的に係わりカンボジアにてはポルポト氏裁判から死までのスクープをニック=テイラー氏が発表したのはこの雑誌、余も何度かビタッチ氏のトラベラーズテイル欄に投稿し掲載されたこともあり。経済紙がじつは経済よりか政治、文化についての報道に面白きことは信報、日経みればわかる通り。この時世にてしかもインターネットなど情報氾濫の時代においてこの雑誌が生き延びることも難しく、廃刊をば免れただけ。風邪流行り朝にRobinson道の診療所L医師を訪れれば客で賑わひ心なしかL医師の表情も活き活きとす。夜、佐敦は彌敦粥面にて皮蛋痩肉粥食す。風邪であるのについ油條まで頼み後悔す。飲食店といえば数日前にかつて蘭桂坊、今は粗呆区に移りしN亭なる焼鳥屋、チラシが郵便受にDMにて入り見れば "You may not be so lucky enough to sit next to a mobvie star at Nanbantei, but you should find out why they always come here!"と呆れた広告文。確かにN亭に芸人の類ひ多いは事実なれど芸人著名人が来ることを宣伝に用いるとは。why they always come here!かといえば芸人が店にてチヤホヤされ蘋果日報の記者が張っているからの由。