富柏村日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴り始めた日記ブログ 現在は身在日本

八月十二日(日)雨ノチ曇。山の上ホテル、朝食のLa Vieは珈琲格別。タクシーにて飯田橋エドモンドホテルに移動。新宿常圓寺にて母方曽祖母、祖母、伯母の墓参。昼より鷺宮在住のC氏のマンションにて曾て香港に在住せし親友たちとの再会、H氏の手料理は秀逸。夕方銀座に急ぎ伊東屋三越にてスヌーピー江戸小物購う。歌舞伎座初日、二階東扉一の桟敷を母が押えてくれ絶好の席にて見物。勢獅子の踊りは勘九郎、八十助じゃなくて三津五郎、それに橋之助染五郎勘太郎七之助女形福助扇雀に孝太郎と安定した若手にて、やはり三津五郎の踊りは別格、橋之助染五郎が獅子舞を丁寧に踊り好感。野田秀樹演出の「研辰の切られ」、序盤の演出はよかったが旅館から仇討の終盤までかなり間延び、野田の演出じたいはけして目新しいものではなく但し歌舞伎座では斬新なのだろうが、花組芝居であるとかわはは本舗なり勝新太郎の不知火検校なり井上ひさしの薮原検校なりがすべて既に素晴らしいものがあるのに、それを単に歌舞伎座と演舞場しか知らぬ客は喝采、そればかりか中村屋の内儀が旦那に二人の息子に兄弟二人が出演しているからとはいへどの客よりも大声で涙を流して笑い歌舞伎でありながら「アンコールでは」かぶりつきまで進みやんやの喝采、役者と身内が客以上に歓喜とは唖然(松島屋仁左衛門夫人を見習うべし)、アンコールにて舞台に上がった野田君はイマイチ笑顔がなかったのは歌舞伎の世界のノウテンキさへの疑惑か?。少なくても勘九郎の「あの」熱演にてどうにか保っている芝居であり、ただ歌舞伎役者の演技力では演じきれない部分あり、ふと薮原検校で素晴らしい熱演をした地人会がこれを演じればもっといい芝居になるのでは?と思う。歌舞伎座でやるべき芝居ではないし、歌舞伎座でやらないのなら残念ながら歌舞伎役者よりもっと芝居力のある劇団はいくつかあるし、野田の演出もいったい歌舞伎で何がしたかったのか不明、唯一義太夫がセットから舞台中央までせり出し勘九郎の傍らで唸り、勘九郎がまるで文楽のように動く場面を除けば面白い点なし。いたたまれれず兎に角銀座ライオンにてヱビスビールを飲みZ嬢の提案にて有楽町ガード下の居酒屋登運とんにてもつ焼きとホッピー、秀逸。