富柏村日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴り始めた日記ブログ 現在は身在日本

農暦三月廿一日。週末日曜。官邸にて終日残務処理。また半月無休。
常磐線で不通の浪江〜富岡間の代行バスについて。下りは6本で、まだ時間間隔もマシだし1本だけ原ノ町行きもあるのに対して、上りは5本で昼は6時間もない。通勤通学のため最低限の運行なのはわからなくもないが、これは不便すぎないか。しかも「列車と代行バスの接続はしておりませんので予めご了承ください」だ。
▼岩波『図書』2013年8月号を今になつて読んでゐたら面白いのが多田一臣(日本古代文学)の『林家正蔵のこと』といふ寄稿。この2013年当時岩波から『円朝全集』(全13巻別巻2)刊行中で、それに合はせ雑誌『文学』3・4月号にも「円朝を語る」といふ座談会があつたが延広真治のみが円朝→一朝→円生、正蔵今輔へと続く芸の継父に言及したのはさすがだが座談会に加はつてゐた中堅ところの落語家、講談師が、その系譜に無頓着であることに多田先生失望と。そして「正蔵の会」に頻繁に通つた贔屓として多田先生の語る正蔵が実に魅力的。アタシの世代だと寄席でまだ正蔵師匠の高座を聞いてゐたが子どもにとつては歯切れの悪い老師匠の噺が面白いと思へるはずもなく、弟子の木久蔵がさかんに師匠の老ひをさかんに笑ひにしてゐたのも今になつては笑へない。何だか懐かしくなつて今晩なYoutube正蔵師匠の〈双蝶々〉を聞く。芝居咄で最後の芝居掛かりと正蔵の役者に引けをとらぬ技量がそりゃ見事。正蔵といへば当代の正蔵も映画に出たりしてゐるが多田先生は厳しく「林屋正蔵といふ名称は怪談噺の家元の名で謂はゞ公器にも等しい」もので、それを苟も(芝居噺をかけない)こぶ平が襲名する際に「斯界の関係者さらには批評家諸氏のいずれも異論が出なかつたこと」に苦言を呈されてゐる。