富柏村日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴り始めた日記ブログ 現在は身在日本

82歳の名演

fookpaktsuen2016-01-30

農暦十二月廿一日。晴。雲ひとつない快晴。昨晩深更までの些か痛飲で朝は眠いが東京よりの来客お二人と早茶の予定あり尖沙咀だるさに感けて広東道のいかにも観光客相手の早くから開いてゐて客引きの食肆に入つてしまひ後悔。帰宅して昼にかけ文字通り昼寝。午後遅く官邸で書類整理。ディスカバリー在住で月明けに帰国のS氏よりNespressoのエスプレッソメーカーと書籍譲られる。この手軽な機械はホテル滞在でよく見かけるしコーヒー好きなのでよく使ふが自宅用に買ふ?と決断まではしてゐなかつたが譲ってくれると聞き有難く頂戴する。書籍の中には磯崎新『建築における日本的なもの』もあり。最初に淹れたエスプレッソのカップは20年以上前にフランクフルトの骨董品屋で見つけたもの。晩に自宅で韓国風焼肉。小布施は竹風堂の蒸し羊羹「くりづと」頬張る。晩九時過ぎに早寝。
東京新聞夕刊の大波小波(ゼアミ)「82歳の名演」より引用 。

平幹二朗の『王女メディア』を観た。これは201218年に一世一代として演じ納めたものを「一世一代再び」として敢えて舞台にかけたのである。
82歳の名優がほぼ2時間出ずっぱりで何ら老の弱さを見せることもなく鮮やかな台詞を聞かせるのに驚いた。惜しむらくは演出が弱く、ひたすら一人舞台を際立たせるにとどまっていることだが、まずは新春の快挙と言えるだろう。これからこの『王女メディア』は三月五日、六日の水戸芸術館まで東日本各地を巡演する。
日本の伝統芸にはしばしば老いの衰えを恰も芸境の深化であるように迎えて評価する傾向がある。無論、素人にはすぐわからない次元での本当の芸の深化もあるだろう。しかし、そうではない場合にも「老木の花」という世阿弥の言葉が重宝に使われ芸能者がそれに甘えていはしないだろうか。
平幹二朗の舞台は世界のどこに出しても説明を要しない名演である。ギリシャ喝采を受けた蜷川幸雄演出の『王女メディア』のインパクトには劣るかもしれないが個人の表現としてはまさに深化している。
伝統芸能の「人間国宝」「芸術院会員」などの冠を頂いた役者たちよ、奮起してほしい。

演出が弱い、ひらすら一人舞台の際立ち、蜷川演出のインパクトに劣る……とあるが平幹本人は「前回は脱蜷川色にこだわり過ぎたかもしれない。様式性を少し戻し、憎しみへの執着だけでない、さらに女のかなしみを表現したい」と語つてゐる(こちら)。毎回メークに1時間、王女メディアに変貌した女性姿を鏡で見て平幹は「その美しさに自分でも驚くときがある」って……本来は女優の仕事のはずなのだが、平幹の演じるメディアは女そのもの。それに大波小波子は「新春の快挙」といふが昨秋から全国ドサ廻り巡業中で「地方の劇場からの絶えないラブコール」もあるだらうが巡業のスケジュールは、この名優自らが地方の小屋にアプローチする場合もあると事情通のT君に聞いた。ただただ敬服あるのみ。