富柏村日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴り始めた日記ブログ 現在は身在日本

阿Qと私

fookpaktsuen2011-08-30

八月卅日(火)今日走ると五日連続だつたが朝から大気汚染の警報が出て、大気汚染といふと自動車の排ガスなど先づ想像するが折から台湾から福建に抜けようとする台風の影響もあるのかしら巨大な凪に襲はれたやうなもので本当に無風で、かついつて太陽がギラギラ炒られるやうな猛暑でもなく、それは無風で大気中の塵やそれこそ排気ガスなどが溜まつてしまふからなのだらうが空気が澱み、それで陽光も遮られ、ちょうどアタシが子どものころの光学スモッグの日もそんな感じだつたがウルトラセブンでよく舞台となつた殺伐とした埋立地の夕焼けのやうな、そんな天気が朝から続きラジオはさかんに銅鑼湾や中環、旺角の大気汚染指数読み上げ気管支など呼吸器系で疾病があつたり耳鼻咽喉が弱い市民はなるべく外に出ないやうに、なんて呼びかけてゐる。夕方もずつとそんな天気でさすがに外を走る気も、それどころか一旦帰宅したらジムに行く気さへ失せちまつて久々に黄昏にドライマティーニ二杯。1980年代後半に仙台から東北で活躍し全国デビューのあと1990年に東京で活動休止となつたバンド「阿Q」について、拙文を綴る。

阿Qさんの活動休止から早二十と一年。
http://ah-q.info/pdf/moge900515.pdf
あの阿Qさんが東北の大震災に遭つたこの二〇一一年、遂に復活!ではありません。が、
仙台に生まれ東北に育つた80年代のダンスバンド<阿Q>、まだ皆さんの記憶に生きてゐるでせうし、
あのイカした音楽も二十年経つても全然、色褪せないどころか、当時はラジカセやウォークマンでしたが、
いまはiPhoneだ、iPodiPadだ、でご愛聴かもしれません。
今年になつて三月十一日に震災が東北太平洋岸を襲ひました。それが今日のこのメールにつながるのですが、
それにあの震災から数ヶ月遡りますがずつと再結集してゐなかつたメンバーが久しぶりに再会を果たしたのは、
悲しいかな昨年十二月のダイテツ君の急逝で、そのお弔ひとなつてしまつたのですが、
その悲しくもメンバーの再会と今年三月の震災で、やはり東北で何かしたい、と、
たゞいきなりステージに企つには、何よりギタリストがゐないのですから、
それにドラムのPちゃんは釜石、被災した町で毎日、奮闘の日々です、
そこで、仙台の重鎮、ファンキーなTaracoさんと、秋田に帰ることもなく東京で音楽業界に健在のまんぢゅうさんが、
何か出来ないか、と昔の音源を漁り当時のアナログな記録を掘り起こしました。
で、阿Qの未発表音源「やぁ元気かい?」がiTunes Storeamazon MP3等で九月四日より配信販売開始となります!
この配信販売での収益はすべて東日本大震災復興支援義援金として寄付致すものです。
Taracosさんがそれに向け音源をリマスタリング、まんぢゅうさんが出版等業務一切を引き受け、サイトも立ち上げました。
こちら http://ah-q.info/index.html
阿Qが仙台でのアマチュア時代から阿QのPRで雑文一切を書かせていたゞいてゐた私は「何か書かせてもうふよ!」と言つてゐたまゝ、
何もできぬまヽたう/\今日を迎へてしまひました。なんとも無力が恥ずかしいかぎり。
それでも、この十年、毎日、暇に任せて綴つてゐたブログの日剰で何度か「阿Q」に言及したため、
そこからGoogleとかの検索で懐かしい阿Qフリークの方々からメールをいただき旧交を温め、
また顔本や呟板など電子コミュニケーションの発達で、当時の関係者の方々とも何かと音沙汰の拾へる今日この頃。
かうして皆さんに突然この二〇一一年の阿Qの動きをお伝へ出来ること、本当に嬉しいかぎりです。
とりあへず「今更阿Q」なのですが、
不世出かもしれない作詞家のダイテツ君(将来、彼の書くであらう小説が読みたかつた!)を偲び、
東北のこの地震津波、核禍の災害をだうにか乗り越えるために、
阿Qが少しでも役にたてれば幸甚といふ、さういふ、このたびは突然ですがメールを差し上げました。
一九八〇年代、バブルの時代でしたが、当時、仙台から出たバンド<阿Q>を思ひ出し、
あのバンドの音楽をまた少し聴いてもらつて、そして東北の復興に少しでも協力できれば、と思ひます。

「阿Q」なんてバンドの名前もファンクラブの機関誌の題「大広報」も、いかに八十年代後半、中国にアタシたちの関心が向いてゐたか、の証左。一九八九年に六四となるのだが。
▼今日の信報で林行止専欄「「曾氏綜合政」蔓延與安檢事故」が格別。香港大学百年校慶李克強副首相での警察による過剰警戒とそれへの反発。大学は自治の原則忘れ、たかだか副首相の来校で万難拝し三顧の礼尽し警察もやりすぎ、だが大学の校監は文革曾で(かつては香港総督で今は行政長官が名誉職で校監)彼の京官(北京中央の官僚)に対する媚と諂ひがそも/\問題、と。御意。
前行政長官董建華治港成績不理想,可是在拿捏「一國兩制」的分寸上,遠比曾蔭權高明;昔日他以地方官身份與中央接觸,從無露出奴顏婢膝,中聯辦近在咫尺,他也一直有保持適度距離的知覺,避免這裏還有「太上皇」的疑惑。
董建華すら、まだマシだつた、と指摘する。でこの現状を林行止「曾氏綜合政」と名付けたがアタシもこれが何の意味が最初わからなかつたが綜合政は綜合症(政と症の発音が一緒)で「曾」は当然、土共曽行政長官のこと。で(ちょっとヤヴァい気がするが)唐氏綜合症=ダウン症にひつかけて「曾氏綜合症」と捩り政治ネタなので「曾氏綜合政」と。林行止氏のなんて執着なのかしら、すごい。