富柏村日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴り始めた日記ブログ 現在は身在日本

九月二十四日(火)曇。黄昏てジム。そろそろ走る季節となり春より不摂生を続けた身体を建て直すべく食生活より改善するがSupersandwichにてツナのサンドイッチ、それもマヨネーズも塩も不要などと注文し、野菜ジュース飲み白麺麭を喉に流す様はさながら山羊の如し。美味い牛南麺食し麦酒を飲み汁粉など食す日々を懐かしむ。内田百?(なぜ門構えに月を入れるこの字がない)の『東京日記』(岩波文庫)読み始める。これに鈴木清順監督『ツィゴイネルワイゼン』の原作である「サラサーテの盤」収録。
▼天主教香港教区司教胡振中逝世。大陸生まれ子女の香港での就学問題だの法輪功に対する弾圧非難など歯に衣を着せぬ発言を続ける良識派にて反叛主教と渾名される民主派陳日君が接任。
▼築地のH君歌舞伎座にて京屋の八ツ橋、播磨屋の佐野次郎左衛門、京屋の八ツ橋で籠釣瓶、京屋の奇跡のような妖艶なる美しさ堪能と。どうしても女形でいえば梅幸歌右衛門君臨せし昭和に歌舞伎をみた余にとってはその大御所たちと若く美しき大和屋の間で雀右衛門はなにか中途半端な、皮ジャンにレイバンのサングラスの楽屋入りだけが目立つ壮年の女形でしかなかったのだが今となっては大正九年生まれの八十二歳。この齢でも大成駒ほど身心の衰えもなし。新之介の海老蔵襲名の助六では間違いなく京屋が揚巻であろうし、あと十年は現役かとH君。大野一雄先生のように指先の振りだけでも舞台にあがって百歳の立女形を我らは拝むこともひょっとすると夢ではなし。こないだの「一世一代」の八重垣姫も11月の顔見世で再演。もうサイコーに熟年の八十二歳なり。H君注目するは籠釣瓶にての大成駒の三「遺児」の出演。梅玉の栄之丞、これは本役。当代に右に出るものなし。ちょっと意外でしかし成功したのが、松江改メ魁春立花屋の女房おきつ、東蔵が花魁九重。H君言う通り従来なら松江の九重、東蔵のおきつが無難なはず。魁春は老け役に活路を見出したか、これは大正解とH君。確かに老け役のできる女形は乏しく魁春これで大成か。そして東蔵の九重が出色の出来、と。八ツ橋さんにゾッコンの佐野の旦那を九重は好いている。八ツ橋姐さんにも同じ苦界暮らしの女としての友情や連帯感を感じる九重。佐野の旦那は恋しいが旦那に八ツ橋身請けされ二人が目出度きことならばあたいも嬉しき他はなし、所詮郭に暮らす身ぢゃ他の好事妬んでも己が虚しいバッカリでせめて他人の目出度きことも我が身の幸と思っていなきゃトテモやってはいられないよぉ……みたいな「不幸せが身についた女の深情みたいなモン」は確かに「お姫様役者」としての松江じゃあキッカリ無理。それを東蔵が好演とはねぇ……。それにしてもこの女形の路線の再構築、本来大成駒がせねばならぬはずべきことが、これは京屋に依るものか。どう考えても今の松竹にその采配ぶりは期待できず。とすれば京屋、この女形の再構築だけでも一世一代の仕事ぶりなり。ところでこの籠釣瓶のひとつ前の演目、芝翫の「年増」は如何だったものか、H君の便りにはなし(笑)。
▼香港政府保安局より香港基本法第23条に基づく諮問文献が公開される。第23条は「香港特別行政区は反逆、国家分裂、叛乱扇動、中央人民政府転覆、国家機密窃取のいかなる行為をも禁止し、外国の政治的組織または団体の香港SARにおける政治活動を禁止し、香港SARの政治的組織または団体の外国の政治的組織または団体との関係樹立を禁止する法律を自ら定めなければならない」というもので、これは基本法の第二章「中央と香港特別行政区との関係」にある一条にて当初は明らかに海外の反中国組織が香港を拠点に国内に反政府活動を仕掛けることを制限するものであったが、香港政府の建議を見れば明らかに香港市民の言論の自由までを制限するもの。台湾チベットの独立!とか北京専制政府を打倒せよ!と宣うだけで有罪。どう考えても本来基本法で期待された意図を超越しており、それは風潮としての世界的な警察国家化と対テロ対策といった知的レベルのかなり低い風潮、そして何よりも香港政府の植民地根性というか北京への必要以上の諂ひ(へつらい)が生んだ成果なり。とくに推進役の保安局長葉劉淑儀は物騒なる存在。この人こそ安寧秩序の騒乱にて有罪とすべし。逮捕良識派曰く、香港は一国二制度の下返還から五年泰平であり公安は現行法で十分対応できるものであり今回の立法化はそういった香港の隠定を覆すものなり。