富柏村日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴り始めた日記ブログ 現在は身在日本

五月二十五日(土)薄曇。競馬は沙田銀瓶(G2)にて競馬にも行きたきものの天気も回復して陽光ちらほら海で読書も捨てきれずトレーニングも不足かと思えば走らねばと思い結局、走って山頂を越え二時間弱で海にたどり着き少し泳ぎラジオ中継ききつつ競馬するというトライアスロン(笑)。競馬の合間で周恩来『十九歳の東京日記』矢吹進編(小学館文庫)読了。R1、R2は新馬戦にてR1のLittle Elephant(馬安東/苗)前晩賭率1.4倍では単勝で買うにも難ありR2の喜一龍(胡活士/方)とDoubleにしたところLittle ElephantはFvながら2.4倍まで下がっており喜一龍も2.7倍で6.48倍を得る◎。焦点は通算54勝の薛順強君本日八場参戦中どのレースにて優勝し55勝を上げ晴れて見習いを卒業するか。R10のCelliniがFvにて薛君騎乗。堅いはずのR4(�1800m)Song Of Praise×、R5(�2000m)New Planet×とFv馬が入賞もせずR7(�1200m)もFvのGolden Air×とするがSnippyetyiyea(Size/Dunn)が入りなぜSnippyetyiyeaを無印(ノーマーク)だったのかと反省す。R8(�1400m)は昨季の最終日6/17以来の出走しかも夏厩からSize厩に移ってようやく登場のPrime VainがFvにて満を期してか×、このレースにて薛順強君Me Firstに騎乗にて優勝、見習い卒業す。R9(沙田銀瓶1000m)多勢に惑わされ躊いなくAll Thrills Too(Dye/Hayes)とするが×、なぜFirebolt(馬安東/Allan)を選べなかったのか自省。R10(�1800m)あまり強豪馬おらずこの相手ならTurbojetかと思うがCellini(薛/卓)が一番人気にて(馬券購入は薛君優勝のR8前だったので展開予想できず)どっちが来ても不思議じゃないと連複にしたらTurbojetで二着がCelliniと◎。見習騎手が卒業は前回は確か大雨の中での鄭雨填君の優勝を沙田にて傘さして見届けいつもこの祝勝はまことに嬉しきもの。周恩来『十九歳の東京日記』、周恩来君は高等師範、一高と試験に落ちるが時は日本が対華二十一カ条要求を突きつけ在日のシナ人留学生が大挙帰国し五四運動へと時流が向う激動の時期でありとても勉学に集中できる時期でもあるまひ。不合格し夏に里帰りしてからまた日本の土を踏み翌春帰国するまでの七カ月のあいだ日記に本文綴ることなき日々が続きこの時期が周恩来研究の中でも注目浴びる空白なのだが国家を憂いつつ菜食と不婚(独身主義)を願う周恩来君、慧弟の存在がかなり気にかかる。旧知の矢吹先生なのでメール差し上げる。大正の東京で維新號、中華第一樓といった今では老舗中の老舗だが其処に若き周恩来が通っていたとは。日記とは記録として凄いもので周恩来君が「なにごともなし」と綴る1918年7月29日の東京から下関への車中、周と出会った元木省吾なる北海道立函館商業高校国漢科の教員(元木は故郷香川県丸亀での連隊演習に参加のため帰郷の途中)が周恩来との交流を詳細に渡り記録しておりそれが現存する。「台湾の」中華航空機香港に向い台北を飛び立ち墜落?、またも中華航空の事故。夏なのにおでん。水戸の「天狗党」なる日本酒飲むが右翼にはなれず。『噂の真相』読む。香港は25度にて涼しいほどだが衛星放送にて日本の天気予報見ていたら25度は「汗ばむ」そうな。風土の違いか。