富柏村日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴り始めた日記ブログ 現在は身在日本

稲田俊輔『異国の味』

辰年五月初五。端午節。粽は昨日いたゞいて今日はデザートに湯圓頬張る。

稲田俊輔『異国の味』(集英社)読む。日本でポピュラーな外国料理として中華、ドイツ、フランス、タイ、ロシア、イタリア、スペイン、アメリカ、インドの十章からなるエッセイ。最後に醤油で甘塩っぽく煮た「日本のエスニック」もあり。著者は飲食店の経営でも成功し評価の高い外食の論客なのださう。新書など本文はあまりまとまりが悪くても「あとがき」がきちんとまとまつてゐて、それを読めば納得といふこと少なくないが本書は「はじめに」を読んだだけで著者がどれだけ飲食についてきちんと理論があつて物事を弁へて文章にしてゐるのか、は明瞭。「日本ほど世界中の料理が気軽に食べられる国はない」は半分正しく半分間違ひ、だといふ。欧米でもアジアでも大都市なら様々な国の料理を食べることができるが基本はその料理を懐かしむ同郷の人が顧客の大半。日本でも外国人住民が増え、さういふ店も増えてはきてゐるが「日本では、外国料理の店は最初から日本人を顧客の中心として発展」してきたもので「日本人ほどそれを積極的に食べたがる民族はなか/\ゐない」。しかし外国の料理であっても「日本人好みにアレンジされたもの」が人気で、日本はさういふアレンジに長けてゐるのだらう。だが日本で日本人向けに外国の料理の味を変へたのは、その料理を提供する外国人の側でもある。さうした現実でも「本格的」「本場の味」に執着がある。実際に日本風に全く変へてゐない味を追求するのが、この著者も含め「原理主義者」。だが原理主義では日本では評判になり難く日本化ともジレンマの中で様々なエスニックの多国籍料理が日本で受け入れられてゐる。さういふことで本編に入る。昭和の頃に「洋食」からさまざまな「エスニック」がどう定着してきたか。スパゲッティがパスタになり、ピザパイがピッツアになり、さういふ日々を自分も体験してきたので、とくに目から鱗のやうなネタもないが面白く読み進める。それにしても著者はどれだけ食事には恵まれた家庭に育ち、自身も大学生の頃から学生で資金も乏しいなかでもどれだけ美食に拘つてきたか。大学生とかでも客としてバカにされないだけの食の素養やマナーが必要。フランス料理とかのいはゆる「コース料理」をどう自分でアレンヂできるか、とかイタリア料理での「パスタの位置と価値」であるとか。アタシも幼いころから美味しいものを祖母や親に食べさせてもらひ小学高学年で『暮らしの手帖』が好きで本屋で立ち読みして、サトウサンペイスマートな日本人:ドタンバのマナー海外編』(新潮社)なんて読んで一通りのことは覚えてゐて、高校生のとき地元の西洋料理店が自宅敷地内で経営する小さなビストロに何度も通つたり、今ではアートプロデューサーとして活躍のT君に美味しい中華(泉町仲通りの燕*1)ができたと聞くと出かけたり、高校卒業のとき一番親しかつたK君と二人で「お祝ひをしよう」とフレンチでワイン飲んで!ディナーしたりなどしてゐたので著者に何だか共振、共鳴するところあり。筆者はその筆致もさりげなく披露で「原理主義で出会った、最初慣れなかったけど食べるに従いなんて美味しいんだ、と思うようになる感覚」を「大人になってから好きになったミョウガが、物心ついた時から好きだったバナナより大事に思える」なんて喩へるなんて。

異国の味 (集英社ノンフィクション)

*1:ほんの数年しか営業してゐなかつたがまだ二十代のご亭主の供す北京料理が美味かつた。この近くのクラブRのママが実際のオーナーで、その可愛がる若い料理人に店を持たせたので「ツバメ」なんぢゃないか?と酔客は噂してゐたが高校生の分際で馴染みになり話を聞いたら「ちゃんとした北京料理の店をやりたい」なんださうで、それで北京=燕京なので店名なのか、と合点した次第。