富柏村日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴り始めた日記ブログ 現在は身在日本

井上章一『ヤマトタケルの日本史』中央公論新社

辰年五月三日。気温摂氏14.9/25.8度。晴。

水戸桜川千本桜プロジェクト主宰されてゐる稲葉寿郎氏の「桜川・千三百年の桜文化史」の講演を聞く(水戸市国際交流センター)。古へには常陸風土記に筑波の花見についての記述あり。吉野より昔からの桜の名所。そして謡曲にもある櫻川。紀貫之

さくら河といふ所ありとききて
常よりも春へになればさくら河
波の花こそまなくよすらめ (後撰和歌集

と詠んでゐるが櫻川を訪れたこともない貫之がなぜ櫻川を知りえたか。祖父・紀本道は下野守で叔父からの嫡系は土着(後の益子氏)。万葉集にも筑波山頻繁に登場。古今集の仮名序にも(貫之)。和歌での筑波と櫻川の定着。連歌二条良基)での「筑波の道」概念。常陸国岩瀬の磯部稲村神社。神官磯部祐行の桜児物語。磯部郷は鹿島神宮社領。奈良春日大社への鹿島からの分祀興福寺。観世座の庇護。世阿弥への良基からの連歌の流れと磯部から鹿島を経て奈良への流れ。そして世阿弥から茶道の櫻川釜をめぐる千家への物語も面白く拝聴する。

井上章一ヤマトタケルの日本史 女になった英雄たち』(中央公論新社)読む。この書籍は佐伯順子先生の書評(共同通信茨城新聞)で知り得た。

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源義経が美少年とされるがじつは短躯出っ歯だつたといふのは小学生のときの学研の日本の歴史ナントカだとかに面可笑しく書かれてゐたしヤマトタケル熊襲襲撃で女装して敵を誑かしたといふ物語も常識レベル。だから佐伯先生が、この井上『ヤマトタケルの』が「義経を美少年に造形したのは室町文芸の男色趣味であると指摘した」とか書かれても「そんなことはけして目新しい発想ではない」と思へるだらう。昭和末の雑誌『月光』だとか、こんな話は毎号いくらでも出てゐた。凛々しい英雄が女装することで更にエロティシズムが増幅されるのだから。義経ヤマトタケルに限らず八岐大蛇退治の素戔嗚だつて山岸涼子日出処の天子』の聖徳太子だつて皆、凛々しく美しくフェミニンにされるのである。たゞ強い、たゞ権力の中枢にある男に何も面白味もない。歌舞伎だつて蘇我入鹿とか全然魅力もなくて仁木弾正は妖術つかひだから魅力があつて白浪五人男の弁天小僧だつて八犬伝犬塚志乃だつて女装だから「マウントされる」。この『ヤマトタケルの』では義経ヤマトタケルの女装には飽き足らず楊貴妃につき〈長恨歌〉にある蓬莱宮が熱田神宮だとか「白楽天と住吉神」だとか、そんな面白可笑しい「たられば」の紹介が盛り澤山。大岡昇平『俘虜記』にある捕虜の兵隊の演芸会の女装だとか吉川英治『新・平家物語』だとかも俎上で面白く紹介される。この『ヤマトタケルの』でも参考文献に南方熊楠保田與重郎角川源義があつて、和歌森太郎なんてアタシも小学生のときに和歌森が監修のマンガ日本の歴史とか「面白ければ良いのだ」の姿勢が一寸怪しいと思つたものだつたが、この参考文献を更に見てみれば『江戸の少年』の氏家幹人や、書評でこの『ヤマトタケルの』にそれなりの評価してゐる佐伯順子『「女装と男装」の文化史』などもあつて、更に三橋順子先生の女装文化論まで。だからけして何かこれまでにない分析だとかあるとは残念ながら思へなかつたのだけれど。ヤマトタケルといへば梅原猛の新歌舞伎もあるが著者は国際日本文化研究センター所長であつて当然のやうに梅原色に染まつてゐることは驚かぬ。面白いと思つたのは(淺学で未知であつたが)新羅花郎について。花郎とは「軍を鼓舞する美少年たち」で「みな十代半ばの男子で貴族の師弟から選ばれ当時の朝鮮の軍制はこの花郎をもつ軍団群だつたのださう。ところでタイ語ファラン(ฝรั่ง)は所謂白人系の外国人のことなのだが曼谷だとかパタヤでタイの少年たちを愛する白人たちの蔑称も「ファラン」なのである。いずれにせよまことに国際日本文化研究センターの系譜にある「歴史書」であつた。

ヤマトタケルの日本史 女になった英雄たち