富柏村日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴り始めた日記ブログ 現在は身在日本

石川九楊、筆蝕

辰年五月初一。気温摂氏15.3/25.3度。薄曇。

明後日から上野の森美術館「石川九楊大全」展 が開催される

参観は前期か後期か、いずれかとするには迷ふところ。石川九楊といふ現代の超技法の書家を知つたのは中学のときK先生の国語の授業であつた。K先生も板書は惚れ/\するほど達筆だつたが日本では古来、三筆三蹟と賞される書家がゐるが現代では誰かといへば石川九楊で、と話されて、その若手の名を知つた。土曜日だつたか学校帰りに県立図書館で実際に石川九楊の書を見たときのインパクト。あれ以来この書家の書かれたものはよく読み、眺めるやうにしてゐる。手許にあつた最近の九楊師に関するメモ書きより。

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こんな「発言」を読んだだけで、その瞬間から自分の「書く」といふ行為がどれほどのパフォーマンスなのか、と思ふとゾク/\して書く字も自ずから違ふものになるだらう。

「書く」といふ行為あらば、そのアンチテーゼとして「消す」があり消すどころか書いたものを粉砕するシュレッダーといふ装置もある。今日これもまた偶然だが外のリモートオフィス(自称、書斎)で写真をシュレッダーにかけてもらはうとお願ひしたらシュレッダーに噛んでしまひ、それがウンともスンとも動かない。かなり深刻なコンディションなので「これはかなり外科手術必要なのでは?」と仄めかして大好きな解体作業始めたら、こんな状況。

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もうかなり昔からの紙の破片が本来貯まらない場所にまで充満してゐる。強力な掃除機と先の細い工具で、まるで歯科医のやうに除去作業続ける。除去しても除去しても奥に紙の破片が詰まつてゐる。半時間ほどの作業になつてしまつた。よくこんな状況で何年も動いてゐたもの。こんなことになるのはシュレッダーで粉砕された紙のダストを満杯検知されても、まだ大丈夫と、これでもか、これでもかと押し潰してゐること。粉砕された紙はダストボックス内で風圧で舞つてゐるわけでダストボックス内の容量に余裕がなければ当然、本来入り込まないはずの裁断部分の隙間に溜まつてゆくのは当然。適度なダストボックスの余裕が大切なのだ。