富柏村日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴り始めた日記ブログ 現在は身在日本

平山周吉『満洲国グランドホテル』(芸術新聞社)

癸卯年三月廿三日。気温摂氏8.1/19.3度。快晴。朝から市内の総合病院で諸々の検査。大きな病院なんてさんざん待たされる印象があつたが専門医は完全予約制で時間通りに診察だし会計のシステムまでじつに効率的。耳鼻科の診察で心配したのは十数年前のメニエール病の再発だつたが、その気配もなし。診察と検査、診察の間にずいぶんと時間があつたが病院とかで本を読んでゐるのも集中できてよろしい。

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しばらく外出してゐなかつたが今日は久々に自転車で天気も良いので千波湖畔を走る。この真っ直ぐの径路は今では千波湖(写真で向かつて左)と桜川の間に走る柳堤。柳の新緑が見事。徳川光圀が建造した堤で杭州の西湖の蘇堤を模しており元来は千波湖のなかに、この柳堤があつたのだが近代に千波湖から桜川が分離されたことで今では湖と河川の間の堤防路となつてゐる。こんな堤を歩けるやうにしたのは上述の通り西湖の蘇堤を模しただけではなく水府の地形上、御城から三の丸を通らずに庶民が御城の東に広がる上市の商業地とまさに御城下の下市の商業地をダイレクトに往来できる利点もあつたはず。

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満洲国グランドホテル

平山周吉『満洲国グランドホテル』(芸術新聞社)読む。著者の近著『小津安二郎』読まうと思つたのだが『小津』はまだ図書館になくて、この『満洲国』を先に。平山周吉といふ著者の名前で「あれ?」と思ったら、かなりの小津映画ファン。小津の作品で主に笠智衆が演じた父や兄の名前がこれ。それをペンネームにしてしまふとは。文芸春秋社で『諸君!』や『文學界』の編集長のあと書き手に。「満州」を舞台に満州事変前後を主に映画「グランドホテル」形式で、当時、満州にゐた軍人、政治家、思想家、芸能人らを主人公に丹念に、その足跡を辿つてゐる。何うしても軍人の話が続き多少食傷気味になつたところで「衛藤利夫」の項が面白い。利夫の子息に衛藤瀋吉(東大→亜細亜大学学長)がゐて「瀋吉」の瀋の字が「瀋陽」から名づけられたことは今から30年以上前だが衛藤学長が香港訪れた際にご本人からの話でも聞いてゐたこと思ひ出す。この衛藤であるとか小澤開作(小澤征爾の父)らはどれだけ満州、大陸に理想社会建設を夢見たか、はある程度聞き及んでゐたが国際連盟脱退の松岡洋右も実は「天皇と同じく」連盟脱退反対が本音であるとか、駒井徳三に関はる話も面白く張作霖政権転覆を目論む郭松鶴満州政権を樹立してゐたら、なんて歴史の「もし」は興味深い。この誰が彼に繋がる博覧強記の書きぶりは往年の山口昌男『挫折の昭和史』彷彿させるところだが著者(周吉)も当然それを意識してゐるところ。アーノルド=ファンク/伊丹万作の映画『新しき土』(昭和12)のロケがじつは満州ならぬ茨城の水戸付近だとは、この本を読むまで知らず。水戸といふと内原に加藤完二の満蒙開拓青少年義勇隊があり、それとの関連を想像するが、この義勇隊の組織化は昭和13年で映画のロケ地は石崎(現・茨城町)。

立憲150議席未満なら泉代表辞任 :朝日新聞

ならば次の選挙では立憲に投票しないやうにしないと。

マイナカード一体化された健康保険証で別人の情報がひも付け | NHK

もしこれが民主党政権だったら、どれだけ「政権担当能力なし」と騒ぐか。