富柏村日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴り始めた日記ブログ 現在は身在日本

版元・渡邊庄三郎の挑戦(茅ヶ崎市美術館)

陰暦九月廿一日。水戸の朝の気温摂氏13.4度。晴。家人と常磐線から東京駅で東海道線に乗り換へ茅ヶ崎へ。普通列車で同一方向といふことで水戸から茅ヶ崎までグリーン車が休日料金で800円はお得。海岸沿ひを「あれが烏帽子岩」と自動車に乗せてもらつて走つたことはあつたが茅ヶ崎の駅を下りるのは初めて。駅のスタンプが見当たらず改札の窓口で駅員に尋ねたらスタンプを出してくれたが何だかあれは恥ずかしい。

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同じ海なのに湘南と那珂湊から阿字ヶ浦とは何が違ふのかしら。湘南ナンバーのサーファーがわざ/\常陸まで来るのは波の荒さが違ふからで湘南は確かに波が緩い。それと潮くさゝがない。昼の気温は摂氏25.8度(横浜)。自転車の傍らに波乗りのボードをつけて海岸へと向かふサーファーもシニアまでのんびりと湘南風情。f:id:fookpaktsuen:20221016181457j:image

先日、銀座の渡邊版画舗に来年の巴水カレンダーを購入に寄つたら「今これを開催中なので良かつたら」と茅ヶ崎市美術館のチラシを渡され「これに行かせてもらふつもりだつたのです」といふと「それぢゃ」と招待券を二枚いたゞいた。

THE 新版画 版元・渡邊庄三郎の挑戦 | 茅ヶ崎市美術館

渡邊版画舗の先々代の創業者・渡邊庄三郎(明治18〜昭和37)は利根川沿ひで今では茨城県編入された五霞の出身で東京に出て神田の質屋の小僧から横浜で外国人相手の古美術商に入り明治42年に24歳で京橋五郎兵衛町に渡邊版画店を開業(現在の店舗は大正14年から)。関東大震災で多くの完成品や版木を焼失し昭和30年だつたかにも漏電による火災で打撃を受けてゐるが、この展覧では庄三郎の手がけた多くの作家の作品を大正5年くらゐのものから百五十数点、初摺りのものを集めてをり貴重な機会。


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大正4年に庄三郎の店舗を訪れた墺太利の画家 フリッツ=カペラリ に彼の水彩画を見て木版試作を働きかけたり チャールズWバートレット の作品を木版画にすることから「新版画」が生まれてゆくのだから何て興味深い話。今回はそのカペラリやバートレットの版画もいくつも出品されてゐて初めて版画作品を直に見ることがきて何より嬉しいかぎり。ちなみにこのタイトル画(上)の「ホノルル波乗り競争」もバートレットの作品(大正8年)。茅ヶ崎だからと意図したタイトルデザインなのがイカしてゐる。カペラリ、バートレット、深水、巴水、紫浪らの版画をじっくりと見て今回の図録に掲載されてゐる文章を一通り読んで(図録は入手したかつたがあきらめた)たつぷり2時間半ほど。わざわざ茅ヶ崎まで来た甲斐があつた。ちなみに展示の最後の作品が昭和26年の巴水の六世歌右衛門の〈雪姫〉。巴水のこんな役者絵があつたとは不知だつたが、この年に歌右衛門の襲名披露の演目の一つが〈雪姫〉で巴水が珍しく役者絵となつたのだらう。

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茅ヶ崎での遅めの昼食は〈いただきます食堂〉も評判だが(市美術館で予定より長く滞在してしまひ)開高健記念館に急ぐのに〈いただきます〉に寄ると少し遠回りなのでカフェアミーゴといふメキシコ料理供す食肆でランチ。開高健記念館は週末開館のはずが先月末から来週まで展示品模様替へのため臨時休館中であつた。残念。開高先生なんてずいぶんとオジサンだと思つてゐたが亡くなつたのが58歳である。f:id:fookpaktsuen:20221016181629j:image