富柏村日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴り始めた日記ブログ 現在は身在日本

吉田茂『大磯随想』と健一、国葬

陰暦八月廿五日。朝の気温は摂氏26.4度で台風の影響か久々の熱帯夜となつて今日は夕方まで雨模様(32.5mm)のなか気温は29.2度までしか上がらず午後遅くから気温がぐんぐんと下がり最低気温は16度と朝より10度も寒くなる。朝から謡曲の手元資料など整理。雨風は突然強くなるので昼前に自家用車で駅ビル(エクセル)に行き昼食(とんかつ和幸)と日用品など買ひ物も済ませたがJREのポイントがかなりあつてポイント消費のみ。ありがたい。あまり買ひ物はしないがJR東日本の鉄道利用だけでもけっこう貯まつてゐたやう。大相撲(十日目)をBSで三段目途中から見る。昨日、横綱を破つた(照ノ富士はこれで今日から休場)高安が今日は全勝の北勝富士を破り2敗と好調。玉鷲は今日、御嶽海に勝ち平幕力士の横綱大関総なめは昭和60年名古屋場所での北尾(後の横綱双羽黒)が2横綱大関倒して以来なのださう。


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晋三国葬吉田茂への関心が生じて先日読んだのは同著『回想十年』。それに続いて『大磯随想』(昭和37年)を読む。これは朝日新聞昭和32年から37年まで発行してゐた英文の年鑑 “This is Japan”に掲載された記事の原文で、この本はその英訳とオリジナルの和文が収められてゐる。装丁と表紙絵が安田靫彦で本文の紙質まで贅を尽くし(版画用紙等卸しの株式会社山田商会のもの)「吉田茂印」と著者検印もあり、こんな貴重な本が市立図書館で一般貸出で良いのかと一瞬驚いたが古書ネットで見たら1千円以下でかなり出てゐる。何うやら当時、各地の公立図書館等に寄贈されたもので、これも「寄贈」印があり、その一冊。

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それにしても、この「中共対策」など吉田茂の慧眼であらう。若い頃に天津を皮切りに安東、済南で外交官として領事事務に携はり天津や奉天の総領事もやつて支那のことに精通した吉田茂であるから「中国なるもの」を成程よく理解してゐる。共産政権であらうとなからうと経済から市場経済の利益性を見せれば、とまるで鄧小平路線の先取のやう。実際にこの吉田茂の想像した通りで中国が経済発展を成し遂げ日本を超ゆる世界第二の経済大国となるのだから。強いて挙げれば、かうした経済システムの変化が上部構造たる政治の変動要因になるはずで(それこそマルクスの理論なのだが)吉田茂中共政権がさう長くは続かないと見てゐたのだが*1それが中共の共産政権下で!で大国化を成し遂げてしまつたとは。これこそ吉田茂的には支那人の「大それた」ところであらう。
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そして吉田健一による「あとがき」が何とも秀逸。父親のこの文章につき「支那の国民がまだ眠つてゐて、いつになつたら目覚めるのか解らない」といふ主張が殊に読み難く感じるかもしれない、とそれを説明するのだが、その健一の文章がこれがまた健一の筆致。この「まだ眠つてゐて、いつになつたら目覚めるのか解らない」といふ意見の裏には「目覚めてはならないのだ」といふことがあると健一は云ふ。

支那に限らず一国の国民にとつて必要なのは、それが如何に目覚ましい活動を続けてゐようと、眠つてゐると見えるまでにその各自の生活に深く根を降して動かずにゐることである。それ故に英国の国民は外国人に常に眠つてゐると思はれて来た。つまり、これは暮春は春服の理想に繋がるものであり支那ではこの政治上の理想が今日でも国民の現実をなしてゐる。

吉田健一の独特の文体は長文でまどろこしく、その上に何を書いてゐるのか、何を言ひたいのかが解らないのだが、その難解を超へるとその向かふに実に至極の味はひといふものがある。とくに、このフレーズは父の書いた支那に関する見方であるが、それどころか吉田健一の人生観、生き方そのものが書かれてゐるのではないかしら。仙境の文人か禅の高僧か。眠つてゐるやうで動かずにゐても見るべきものは全て見えてゐるやうな。吉田健一の、あの父茂の国葬の場ですら日本武道館で喪主健一はさうした姿勢を崩さずにゐたのだから。

この国葬での倅・健一の表情、大磯の邸からの出、武道館への入りと出……まるで能楽師のやう。遺族代表しての献花のときの、献花のあとの振り返りのさま!……あまりにクールさがさすがである(国葬に対する健一の意思表示か)。実務の政府側が首相は「政界の團十郎」で、これこそ能と歌舞伎の共演だらう←何を言ひたいかはお察しあれ

(安倍氏国葬)実態は「内閣葬」 憲法学者・木村草太が語る「儀式の矛盾」 | 毎日新聞

かえって安倍氏に失礼な気がします。一般的には葬儀では喪主が弔意を求める。喪主は「弔意を示してくれるとうれしい。故人も浮かばれます」と言う。そして人にはそれに応え弔意を示す、示さないの自由がある。あえて「弔意を求めません」と宣言してから葬儀をやるというのはちょっと異様です。

まさに!これは憲法論以前の常識の問題である。さすが草太先生、これを指摘とは。

赤坂真理(国葬)「自民を弔う葬儀」に見えてきた:朝日新聞

- 岸田首相はとっさに「民主主義の敵による暴力によって倒れた偉大な国民的政治家」を演出しようとしたのではないか。「偉大な政治家が自民党にいた」ように「見せる」ための国葬。それが最初のアイデアではないか。
- 何もうまくいっていないのにうまくいっているように「見せる」ことが安倍元首相の言動の本質。オリンピック誘致で原発事故の汚染水問題について“situatoon is under control”は象徴的。その態度を岸田首相も無言のうちに引き継いでいる。
- (今回は「見せる」ことに失敗している)だけでなく自民党の「中身のなさ」が明らかになりつつある。「本当は既に終わっているのに終わっていないように見せかけてきた」自民党の実態を銃撃事件が暴露した。「空虚さ」が白日の下にさらされた。
- (空虚とは)元々理念が何もない党だということ。米国の要請で日本を「反共のとりで」とし米国の言うことをなんでも聞く。「それを自発意思でやっているように国民に見せかけてきた」政党。
- 自民党が掲げる「保守」や「愛国」の実態は最初からよじれていた。もし本当の保守であったなら市場自由化と改革に血道を上げるはずがない。愛国であったなら外国の軍隊が駐留することに賛成しない。無論、日本を従属的な地位に置く旧統一教会と手を組まない。
- 自民党が中身を伴わない「保守」や「愛国」の空疎な政党だからこそ組織力さえあれば続けられた。人を集め、動かす力は政治より国家より宗教の物語の方が強い。だから政治にとって宗教が有用だった。しかし「利用できると思ったら甘かった」ことが今回の事件で明らかになった。

この国葬は大きな負債を残し、もしかしたら岸田政権の命取りとなるかもしれません。安倍氏の葬儀のはずなのに安倍氏の「死」というものは遠くに忘れられ功績をたたえる声も悲しむ声も聞こえなくなっています。もはや誰のための国葬か、決めた岸田首相にさえわからなくなっているのかもしれません。私には「自民党自体の葬儀」のように見えてきます。安倍氏は「保守」や「愛国」をめぐる自民党の元々の混乱、戦後日本の複雑なよじれを一身で体現する近年唯一の首相だった。そういう意味では安倍氏は「自民党を弔う国葬』の象徴に向いてはいる。

これを麻生、二階や茂木、萩生田は何う読むのかしら(岸田なんて何うでもよい)。これを読んでも何うせ動じないだらう。中共中央と一緒でこの程度の苦言など気にしてゐたら一党独裁などできない。そして赤坂真理もこんな自民党の破滅をけして喜べなどしない。

自民党に代わる勢力もない中でこの空洞がどこへ向かうのか、国民には、今が正念場であり、そして今が危ないとも言えるのかもしれません。

▼英国女王エリザベスⅡ逝去で国安法下の香港の英国総領事館前に追悼献花に訪れる市民。英国国歌や〈願栄光帰香港〉を唱ひ“God save the Queen”や「香港人加油」と叫ぶ声も聞こえたといふ。

*1:吉田茂蒋介石との対談で蒋介石に対して今更困難な大陸光復など急がず台湾で安定した社会建設と経済成長を遂げ成功を見ていれば将来、大陸で何らかの社会変動があつたとき台湾を中国社会の理想形とすれば実質的に大陸光復になるとまで提言してゐる。