富柏村日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴り始めた日記ブログ 現在は身在日本

陰暦正月廿九日

陰暦正月廿九日。気温摂氏▲1/14.9度。曇。

夜は陋宅でプレートでの焼肉をすることになりアサヒビール「マルエフ」黒生とサッポロのサクラビールを飲む。アサヒもスーパードライ以外なら許す。焼肉で室内が煙るのがいやで換気扇をつけて窓を少し開けても寒くない。食事が始まり暖房も止める。だいぶ春めいた。食後にやはり焼肉のにほひが残りお香は金澤高岡町の〈伽羅〉といふ香舗で仕入れたお線香〈老松〉を炊く。この店の極上がこれで、さすがに上品な香りで残り香も翌朝がじつに良い。

一私小説書きの日乗 (角川文庫)

西村賢太日記一私小説書きの日乗』読了。2011年3月7日から始まり毎日几帳面な記述が続くが同年3月11日は記述なし。この年の1月に芥川賞受賞。敬愛するは高田文夫先生で氏が辛酸なめる生活のなかラジオに耳を傾けたニッポン放送ビバリー」にも出演で高田先生と歓談ははまさに雀躍。悲惨な幼少期からの生活からすれば夢のごとき印税生活。取材や対談が入り出版社の編集者と飲み歩き下らないバラエティ番組にも出演する機会が増えはしたが日々、原稿用紙に向かふか暴飲暴食たまに買淫といふ規則的なストイックな生活の姿勢は変はらず。何よりも藤澤清造への私淑。日記の日々の記述見れば無頼派の作家らしさも伺へるが尊敬する人への入れ込みに対して嫌ひだと感じた相手への執拗な迄の嫌悪感著し。それが何らかの敵対すべき事情、経緯のある相手ならまだしも日記に出てくる話でも金澤で徳田秋聲記念館の館長や職員など偶然遭遇しただけで挨拶の一言、目線の印象で氏の逆鱗に触れシカトされるどころか睨まれ凄まれ日記に書かれ罵詈が公開されるのだからたまつたものぢゃない。編集者でも昨日まで良好な関係であつた者が何か氏の機嫌損ねた瞬間に罵声浴びせられ絶交となる。限界モードの連続。その氏の急逝が先月4日。1月29日が清造忌で能登の七尾の菩提寺西光寺)訪問。その際に七尾市立図書館に清造と自身の著作寄贈。その図書館に「七尾ふるさと文庫館」が先月12日に開館せし由。一週間前に近くまで行つてゐたが墓参する程、清造と賢太への傾倒はアタシには見当たらず。


f:id:fookpaktsuen:20220302064500j:image

f:id:fookpaktsuen:20220302064503j:image

中央政府により香港に大規模な防疫野戦病院が火急に建造され全民検疫と禁足(外出禁止)発令で城市が7日間ロックアウトされるのでは?といふ危惧。超級市場から食料品が消え市民は戦々恐々で臨戦態勢。明報(右上)の記事は中央政府から派遣された防疫専家と高官を市役所市長弁公室外で見送つた後に玄関で沈痛な表情で談義するリンテイ市長ら防疫担当専門家や高官ら。リンテイは記者に盗撮されてゐることに気づき慌てゝ室内に。もはや中央政府から劣等生の烙印押されてあくせくと掻がくばかりの小役人ら。

▼大相撲大阪場所の番付発表。初場所で東三段目八枚目で5勝2敗の丹治君(荒汐部屋)が東幕下四十五枚目に出世。博多帯に羽織姿がじつに凛々しいかぎり。