富柏村日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴り始めた日記ブログ 現在は身在日本

塩津能ノ會

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台風16号は昨日伊豆諸島から太平洋を東北に抜ける。水戸は昨日の降水量75㎜、最大瞬間風速は17.8mで天気は荒れたが被害が生じるものではなし。未明まで風は強かつたが夜が明けると東空に台風の雨雲が流れ去らうとしてゐた。台風一過の快晴となる。

水戸駅で品川行き上り列車(各停)に乗りグリーン車Suicaをタッチしたら車内放送で「台風の強風により水郡線で線路に倒木があり安全確認のため水郡線の列車到着が遅れ、その到着を待ち連絡の上、定刻ではこの列車のアトになる特急が先の出発になります」で各停は9分遅れで出発となつたが途中で抜かれるはずだつた特急が先行したことで追いかける方が楽なわけで松戸では遅れを取り戻してゐた。品川から原宿へ。

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原宿なんて何十年ぶりか。原宿駅の駅舎も目新しい。豆大福の「瑞穂」は表参道から細い道に入り「行列はどれくらいか」と心配しつゝ道を曲がると店の前に待つお客は1人だけであつた。ほっとする。豆大福を買ひ求め何となく習慣で筒井康隆邸に足が向く。康隆先生は笑犬楼の「偽文士日碌」が七月で終つたので直近で神戸にいらっしゃるのか此方なのかもわからないが何となくお人の気配といふものがなかつた。それにしても暑い。夏のやうな湿度がないだけ助かるが。太田記念美術館歌川国芳展を見るつもりだが瑞穂で並ばなかつたので開館時間まで半時間ほど時間もて余し竹下通りになんて出ないやうに路地裏を歩いてゐたらさすが原宿で瀟洒な店が並んでゐてモーツァルト通りといふのださう。それにしても原宿といふのは美容室の多いこと。

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没後160年記念 歌川国芳 | 太田記念美術館 

この国芳展について書いてゐたのは香港から英国移住直前の陶傑先生で国芳天保の改革の質素倹約、風紀粛清の中で昔の伝説物や動物の擬人化を用ゐることで暗喩などをどれだけ用ゐて世相を表現したか。太閤記がダメなら源平に、花魁の浮世絵が叱られるなら婦女子の真面目な美人画に。役者絵も禁じられたら動物を役者に。パロディ、風刺……できうる表現で圧政に反発する。禁令の網を何う掻ひ潜るか。陶傑先生が指摘することは当然、国安法下の香港で言論も制約を受けるなかでの智慧である。さう奮ひの巧妙を国芳から説くのが陶傑さんの面白さだがご本人が香港の禁制厭ひ渡英してしまつたのだから。

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国芳といふとデフォルメした巨大な骸骨や擬人化した動物など奇異を衒つた画の印象が強いが風景画など遠近法や陰影の作り方がじつに西洋画の技法取入れ見事。忠臣蔵の十一段目など討入りの場面で梯子の影まで肉眼で当時の刷りの版画を眺めると写真ではわからない立体感まであり驚くほど。

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お昼近くなつたが「原宿で食事」なんて何も知らない。竹下通りでクレープかワッフルか。ふと鎌倉の何某といふ蕎麦屋の出店がたしか原宿に、と記憶を辿り原宿クエストなる建物(再開発間近)にある「欅」といふ蕎麦屋に往く。昼前の11時半だつたが結構な賑はひ(出るときには外で十人ほど並んでゐた)。鴨せいろ。酒類提供解禁で昼から、といふか昼前から酒を飲むツレ多し。山手線に乗つたら車内で海鮮丼頬張る奇怪なるをんなあり。目黒から恵比寿あたりで食ひ終はりマスクもせずにふてぶてしさもまた格別。

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目黒。喜多六平太XIV記念能楽堂。能を見始めて畏友村上湛君に勧められ塩津能ノ會。舞囃子〈安宅〉は圭介師。松田弘之師の笛。圭介師は柳家三三師匠と似てゐる。やはり笑はない面。狂言(福の神)はすとんと肚に入らず。先日の万作世界の余韻にまだひたつたまゝなのかも。さうして能〈伯母捨〉。塩津哲生師。筋ぢたいはけして難しいものではなく事前に謡ひのテキストも読んでゐたのだが、このうち〈序の舞〉の素晴らしさをわかるにはまだまだ面白みがわかつてゐないと痛感。だが秘曲とされさう拝見する機会もない。湛君の解説によれば今日のこの〈伯母捨〉にはこれまでこれを演じたシテ方は数へるほど。そのなかで本日は高林白牛口二師が後見、香川靖嗣師が地謡で舞台に。これはすごいことなのだらう。大鼓は亀井忠雄師で笛は松田師。地謡には圭介師も。一つ楽しみは間狂言山本東次郎師で、これが物語の極みで聞きほれる。アタシに語つてくれてゐると錯覚するほど。隣席のをんながこの間狂言から序の舞まで寝入つてしまひ寝息には閉口させられた。


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せっかく目黒に来たので久々に目黒といへばトンカツの〈とんき〉に。

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緊急事態宣言明けの土曜日で台風一過の快晴とあつては黙つてゐても人出多さうでトンキも混雑かと察したが午後4時開店で能楽堂から5時前には着いたのでさほど待たずにカウンターに。従業員もずいぶんと若返つてゐたがトンカツも何だか昔より薄くなつてポークカツレツのやうな気が。頼んだのは単品だつたので酒を注文して酒のつまみのやうに食べるし定食で注文の場合と肉の厚さも違ふのか?と余計なことまで考へてしまふのは誰彼もよく書いてゐるが、このトンカツやはもはや一つの世界で美味い不味いではなく目黒のとんきに飰すといふことの満足感で悪い評価などいちいちしたくないといふ不思議な思考になつてしまふからなのかもしれない。品川始発の常磐線の特急も少しは乗客が多くなつたかと思つたが19:45発の「ひたち」はまだ/\空席ばかり。飲食店は20時までは酒の提供があるのでお終ひまで飲む連中がまだ帰宅の途についてゐない、といふことではあるまい。

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国慶節(昨日)で赤色に染まつた香港。有無を言はさぬ中共建国72周年である。香港市役所が開く湾仔会議展覧中心での国慶酒会。かつての梁“長毛”國雄君らによる妨害もなく林郑市長は国安法と香港の選挙制度改革により一国両制はまさに正規の軌道に乗つたと祝辞。初代市長の董建華がいつもなら横柄に振る舞ふところ今年は体調不良で欠席ださう。脚でも痛めたのか。
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中联办の骆惠寜主任が一昨日だつたか香港市中視察で民生改善に関心示したものだがか市役所幹部は挙つて低所得者の住宅や老人院など訪問したり公共施設の修理に従事。本当にそれが必要だと思ふのなら普段からさうした地道な活動でもすればよいのだが世界でトップクラスの厚遇で恵まれた環境でロクな仕事もしてゐないで威張つてゐるだけなのだから。

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