富柏村日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴り始めた日記ブログ 現在は身在日本

片山杜秀『尊王攘夷 水戸学の四百年』

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東京の感染者数が過去最高の4,166人で茨城も290人に。

「いずれにしても」対策を講じて「まさに」国民の命を守つていかなければならない「と思つてゐるところであります」(スガ)

水戸市は県独自の宣言を受けて公共施設の休館など決定するが図書館は18時までは開館で芸術館も発売済の音楽会にかぎり開催の由。

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子どもの頃から銀座へ行くと貰つて来て読むのが楽しみな『銀座百点』が7月号で第800号。子どものころ祖母に連れられて銀座へ行くとキンタロウでおもちゃを買つてくれるのが嬉しくて天ぷら好きの祖母は天一、天國、ハゲ天と連れていつてくれて。若松の甘味は当時からの好物。中学生くらゐで自分で銀座に行くやうになると伊東屋ヤマハ天賞堂は高価な鉄道模型を眺めてゐた。それが鳩居堂、渡邊版画、箸の夏野、鞄のタニザワ、帽子のトラヤ、靴のヨシノヤにシャツの大和屋と贔屓の店が増えて銀座なしでは何も揃はない。このあとは杖のタカゲンが残るか。それにしても銀座百店にユニクロが入る時代。

その『銀座百点』八月号で山田五郎の対談のお相手はテレビの製作会社・ハウフルズの菅原正豊代表。テレビはふだんほとんど見ないアタシだが〈タモリ倶楽部〉と〈出没‼︎アド街ック天国〉は見るときは見るが、そのいずれもハウフルズの制作。対談を読んでゐたら70年代後半にテレビ朝日で日曜夕方に放送してゐた〈出没‼︎おもしろMAP〉の制作がハウフルズだつたとは……たしかに〈出没‼︎〉はこの制作会社ならでは、か。清水国明とクーコがおしゃれなキャンピングカーで東京の、自由が丘とか下北沢、吉祥寺とかに出かけて現地からゆるーくオサレな街の様子を中継。森永製菓の提供。ムキムキマン(コーディネートは小森のおばちゃま)で話題になつたが、あのムキムキマン体操は作詞が影山民夫で小坂忠の作曲、歌つてゐたのはかたせ梨乃……そこまでは知つてゐたが番組のテーマソング(こちら)がCharさまだつたとは。

片山杜秀『尊皇攘夷: 水戸学の四百年』(新潮選書)読む。

尊皇攘夷: 水戸学の四百年 (新潮選書)

著者は博覧強記だが元々は政治学者で専門は日本の政治思想史。とくに戦前の右翼政治思想を研究すれば水戸学の系譜に辿り着かぬわけもない。この著作はいきなり松浦静山肥前平戸藩松浦清)の『甲子夜話』にある水戸の農民が英語を話すといふ話から始まる。常陸沖に文化14(1817)年頃から異国船が出没するやうになり、それはロシア船の漂流などではなく英国船が遥々、捕鯨なのだといふ。常陸の漁民がその捕鯨船と交流を始め英語を解す輩も現れ水戸藩内には銀貨や英国渡来の物品が現れたといふのだから攘夷を唱へることになる水戸藩としては始末が悪い。その水戸藩、徳川の天下で副将軍格にあつて、なぜ尊王なのか。当然、御三家で佐幕だが「佐幕を正義とする絶対の根拠」がほしい。水戸二代藩主の徳川光圀(義公)による水戸学や『大日本史』の編纂の始まり。義公には兄がゐたが父・頼房は光圀を世継ぎと指名。兄を差し置いてのお家継承で若い頃の光圀はかなり「やんちゃ」で色道、歌舞音曲にうつゝを抜かしたといふが更生したのは良いが今度は「義」を極端に慮る思考に。祖父・家康よりも秀吉に忠義の石田三成に正義を見出す……と「徳川幕府は不正義の産物ではないか?」いふジレンマに陥り「大義はどこにあるのか」を考へなければならない。そこで水戸学が生まれる。徳川幕府天皇を輔弼するものであるといふ大義。それは尊王(尊攘)といふ思想となる。かなり幻想に近い。そしてそれが幕府の中でも御三家でなぜ水戸なのか。そのあたりは興味ある方にはぜひ本著を読んでいたゞきたいが話は幕末に。天皇天皇を輔弼する将軍→将軍を輔弼する副将軍といふ安定といふ理想も何処に、世は不安定と不調和で「大老」なんてのが幕政を仕切るやうなことが水戸藩にとつて断じて許されなかつたか(井伊大老暗殺)。尊王に攘夷といふ思想も加はり水戸学のエントロピーは格段に増長してゆく。孝明天皇慶喜は動乱の幕末にあつて最良の帝と将軍の関係になるはずであつたが孝明帝の死。幼少の政治的意思もなき明治帝の即位。討幕派。水戸藩の自壊。幕府は調停から政治権力を委任されてゐたのだが(現状は何うであれ)天皇親政が求められゝば幕府への権力委任は消滅するのだからの大政奉還。その親政は実際には薩長やそれと繋がる公家や商人、外国勢力の結託なのだから水戸が希求した本来の皇国の姿とは異なる。そんなものをこの目で見たくない。かうした思考が、その後の昭和の軍クーデターや、そして三島由紀夫にまで繋がることは不思議でも何でもない。だから水戸学といふのは水戸だから大切に育む思想といふものではない。それを必要とした人たちにとっては大切な、大義を無理やりな学問にしたもので、さういふ意味ではカルト的な宗教に近いかもしれない。

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東京五輪「国家の思惑吉見俊哉 東京大学大学院情報学環教授:朝日新聞

多くの意味で1964年の東京五輪の「神話」から抜け出せていない。根本的な価値観の転換もなく前回の延長線上で2020年東京五輪を迎えてしまった。6月の党首討論菅首相が(1964年東京大会での)女子バレー「東洋の魔女などを挙げて前回の東京五輪の思い出を長々と語ったことがその象徴。一国の首相ですら半世紀以上前の成功体験しか語ることがない。なぜ東京で再び五輪をするのか、誰も分からないまま突っ走ってしまった。開会前から、敗戦処理をしているようだった。結局のところ東北の復興五輪を掲げ1964年大会のノスタルジーからの「日本ならできる」感の高揚(長期的低迷からの脱出)。東京の臨海副都心開発。そして「国家の思惑」。都市開発に巨額の国家予算を投入するため五輪を利用。五輪というイベントで国民の同意をとりつけ特定の都市への集中投資を可能にする。日本という国は10年に1度、五輪をやろうとしてきた。これは偶然ではない。国家として「システム化」されている。五輪に代表されるメガイベントを成功させるという名目で一気に物事を進める。日本では途上国のような開発独裁は成立しないが「お祭り」と結びつけることで可能になる。この仕組みがシステムとして繰り返されてきた。もはや、その限界を超えているのだが。(以上この要旨)

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