富柏村香港日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴る日剩でござゐます

東京五輪まであと38日


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大公報の1面トップ記事は写真からして昨日の沙田での交通事故関連で自動車運転での交通違反が事故につながることへの説教記事といふことはわかるが「搵食車衝燈搵命博」といふ見出しは中国語でも非-広東語話者には意味不明だらう。搵食(wan2sik6)は「食い扶持」とでも訳すか「糊口を凌ぐ」で「搵食車」は車を運転することを生業とする職業運転手。それが衝燈(cung1dang1)は「衝紅燈」つまり信号無視で「搵命博」つまり「命を無駄にする」となる。昨日の沙田の事故は明らかに白色アウディが悪いが被害に遭つたミニバスもかなりのスピードで交差点に侵入したアウディを避けられなかつたのも事実。搵食車は運行予定に遅れるとペナルティがあつたりで分、秒を急ぎ黄色信号での駆け抜けや信号無視もあつて命取り、といふ記事。蘋果日報広東省台山原発での放射能漏れといふCNNのニュースを伝へてゐる。中共はこれを否定。

仏電力「中国原発で放射性希ガス放出」 事故は否定:朝日新聞

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 (TBSラジオ 荻上チキSession)特集「名古屋入管で亡くなったスリランカ人女性の遺族の思いとは」(被害者の妹)ワヨミ=ニサンサラさんと指宿昭一弁護士【音声配信】  

法務大臣は個人として遺族に面会して涙しても謝罪には応じず「調査中」として事実関係にも全く触れず何か問題があつた場合の謝罪は法相ではなく担当部署。遺族には依然何ら情報提供もなし全てに無回答。まるで中共なみである。

コレクター福富太郎の眼〈昭和のキャバレー王が愛した絵画東京ステーションギャラリーは東京都の緊急事態宣言で中止が6/1再開となつて評判の由。

僕は清方先生がご存命中に鎌倉・小町のお宅へ何度もおじゃましたんです。初めて訪れたのは退院後の昭和42年ころです。人から「清方先生の作品ですよ、ほかにないものです」とか「贋物ですよ」とか、いろいろいわれているようなものを持って毎週日曜日のお昼に先生の所へ行くんです。それで直接見てもらって先生に「これはだめだよ」と言われたら、それはキャンセル。その中でも僕の自慢は「渓水」というサインがあったもの。ある人が「これは清方です」と僕の所に持ってきた。「おかしいな」と周りの人は言っていたけど僕はこれは面白いと思って先生の所に持っていったら「あっ、これは私のです。これは(伊東)深水君なんかに見せれば、贋物と言われるだろう。私がまだ(師事していた)水野年方先生の所に行っているときに父(戯作者・條野採菊)が私に渓水という名前をつけてくれたんだ」と。それはもう売ったけど、とっておくべきだったね。だから僕の持っている清方先生の作品は清方先生ご本人が全部目を通している。作品を10本なら10本置いていって、次にまた10本持っていって、前の10本を返してもらう。そこに先生が絵詞といって、その絵にまつわるいわれを全部書いてくれる。「これは私が18ぐらいのときに描いたものだ」とか、奥さんが証人で「おーい」と呼ぶと奥さんが来て「見てみろ、おまえ、これは珍しいだろう。金沢にいたときに描いたんだよ」とか。こっちはできるだけそういう絵を集めて持っていくと、それをなつかしみ「これは戦後描いた絵だな」とか。戦後描かれた絵は少なく、明治に描いたものなんかが多かった。(『有隣』第416号(平成14年7月10日発行)座談会より)

伊東深水福富太郎からしたら年配だが深水を後援してゐたやうなものだつた。

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深水〈戸外は春雨〉昭和30年(福富太郎コレクション)

小林信彦私説東京放浪記』(筑摩書房)読む。生まれが日本橋両国で母親の実家は青山一丁目伊勢丹のメンズ館と聞いて、あそこは「東京丸物」で2階にストリップ劇場もあつた、とさっと思ひ出すのだから生粋の東京戦後世代。終戦疎開から戻り母の実家が幸い焼け残り四谷左門町、横浜、池袋、青山北町、神宮通り、葉山、六本木竜土町、また四谷左門町と転々として方南町を経て、そのあとは世田谷に落ち着いた著者は世田谷の老朽化した家を建て替へようとして経費高騰にバブルを感じたところから昔の東京の思い出語りが始まる。光文社の雑誌“Gainer”に連載されたものださう。東京は空襲で徹底的に壊されたが築地、神保町や青山など奇跡的に焼け残ったが青山など本当に壊されたのは東京五輪だつた、と。御意。銀座や渋谷、新宿、六本木などがどんどん変貌してゆくなかで「おかしなことになつた」とボヤいて根津や谷中に哀愁を感じるだけ、といへばそれまでだが元々そこで生まれ育つた著者なのだから、さう思ふのは自然なことで余所者がとやかくいふことではないだらう。

私説東京放浪記 (ちくま文庫)