香港では昨日、九龍の佐敦の唐樓で七死十傷といふ火災あり。ネパール系住民で息子の誕生日に祝ひで火を焚いたのが引火の由。これだけの火事でも一面トップは民主派立法会議員が議員活動費で駐車場数か所租賃で又貸しか?の疑惑報道。
水府であちこちでキクマサを探して〈酒のやまや〉は瓶もパックもありメガドンキにはパックあり大工町で「夜の町」相手の酒屋に瓶があつたが結局のところAmazonのプライムで送料不要の上に定期便ディスカウントすると1升が1,300円ほど。それは価格ドットコムで見ても最安値なのであつた。これでは街の酒屋などたまつたものぢゃない。
七月末、水府で初のクラスターとなつたキャバクラは所謂「夜の町」で大工町とされたがアタシにとつては、そこは泉町の(今はなき)4丁目から藤坂町に入つた信願寺界隈。大工町ではない。信願寺は江戸の延命9年に郊外に移され地名だけ残り、このあたり水戸きつての昭和の歓楽街。信願寺町の通りと電車通り(泉町4丁目)の間に裡信願寺といふ通りがあり、そこに中川楼(電車通りに面したところは昭和に閉じてゐる)、中川楼からの暖簾分けで今は鰻亭(ばんてい)となつた中川楼別館、そして「ぬりや」と水戸を代表するウナギの料亭が並んでゐる。アタシの実家もこの裡信願寺通りに名があり。それはそれは艶っぽい通りでアタシが子どもの頃は夕方までは謡ひのお師匠さん宅から三味の音が流れるくらゐ、ひっそりとした通りで路地のアスファルト道路に白墨で落書きをして遊んでゐると日暮れに料亭や料理屋の若衆が店の前を掃除して打ち水で白墨も流され「子どもはもう帰りな」。料理屋の行灯や看板に灯がともり早晩の飲み客が歩き始め長い夜となる。料亭、料理屋の間に寿司や、甘味やなど夜遅くまで開いてゐて賑やかなものだつた。それが大工町は客引きの多いキャバい飲み屋街となり今ではコロナで死んだやう。
「人類がウイルスに打ち勝った証し」とガースー。まだ打ち勝ってもねーだろ。 https://t.co/WlbbqMaQ80
— 富柏村 (@fookpaktsuen) 2020年11月16日