農暦六月十四日。大暑から立秋のこの時期の酷暑。昼間はとても外に出られたものではない。香港の昨年度の所得申告を疫禍だからと手をつけないでいたら8月になつてしまつた。香港市役所も開店休業なので申告催促もしてこないが。申告はオンラインでやらうとしたらTIN番号だとかが手許にない。紙でやらうとしたらWi-Fiでプリンタがつながらない。気づいたら先週、NTTからなんとか光にプロバイダ変更でプリンタがWi-Fiにつながつてゐないのだつた。エプソンの小型機で画面表示がないので「さてWi-Fiの接続は」でアタシも老化でか勘がだいぶ鈍り接続するのに小一時間かかつてしまふ。昼にラジオでニッポン放送だつたか高田文夫のトーク番組を聴く。ゲストは古館伊知郎。高田先生、今どきこれだけ自由闊達に噺のできる人も少なくなつた。往年のビートたけしのやう(当時は高田先生は横で合ひの手を入れてゐたが)。それでも話題がやはり永六輔、小島一慶や景山民夫の思ひ出話となるのは当然か。昨日、書店で入手した新潮文庫で新訳の『星の王子さま』通読。小学生のときに母が入手したこれ(内藤濯訳)をそれからも何度か読んでゐたが今回の新訳(河野万理子)は本当に優しい日本語になつてゐて読みやすい。だが飛行士の私(著者の分身)まで言葉が優しすぎて少年そのもののやう。なんだか変態さんの世界……だが、その変態さが、この物語の醍醐味だらう。
この本は読み終はつて手放すことはないから書き込みしてもいい。子どものときより大人になつて大人であることが苦痛に思へるときになつて、この本はやつと本当に読んで楽しいものとなる。
岩波書店『図書』8月号を読んでゐたら二本並んだ小池昌代(抱擁)とみやこうせいの随筆がいずれも吉田一穂の詩「母」を取り上げてゐた。
あゝ麗はしい距離(ディスタンス)、
つねに遠のいてゆく風景……
悲しみの彼方、母への、
操り打つ夜半の最弱音(ピアニッシモ)
小池昌代は今の防疫でソーシャルディスタンスをとる社会にあつて、この「あゝ麗はしい距離(ディスタンス)、つねに遠のいてゆく風景……」の1行が浮かんだといふ。
偽陰性と偽陽性の天秤は最終的には個と全体の天秤に通じる。戦後の福祉国家と市場経済が逃げ続けてきた究極の問いがそこにある。パンデミックを生きるとはどうやらそんな問いとともに生きることでもあるようだ。#佐藤俊樹 #岩波 #図書
— 富柏村 (@fookpaktsuen) 2020年8月3日