富柏村日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴り始めた日記ブログ 現在は身在日本

新餃子いたゞきました


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(大公報)疫禍の落ち着きにつき大陸と澳門との往来について検疫免除等緩和検討の由。(蘋果日報)昨日の抗議活動で数百人の抗議者を警察が検挙。記者への圧力もひどいが12歳の少年記者まで警察が身柄拘束。警察署に出頭した母親は本人の意思尊重して記者活動を止めることはないときっぱり。本人は警察から解放され母親に「ごめんなさい、祝母親節」と。……とこゝまで久々にiPadでスマートキーボード使つて入力してゐるのだが変換が随分と楽になつてゐた。

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水戸で甘味といへば小倉屋の豆大福が筆頭だが小倉屋の弟さんだかが営む「こむぎ屋」のおはぎも美味。小豆と黄粉のおはぎだから「小麦」は使はないのだが店名はこむぎ屋といふ。

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本日は日本各地で真夏日だといふ。最高気温は摂氏30度超のなか水戸は摂氏25度ほど。(コロナ影響)熱中症「経験したことない夏に」例年以上の備えを | NHKニュース なぜかつてなかつた暑さになると「熱中症に詳しい専門家」が予想するのか。熱中症専門家は天気予報士か。朝、今日は暑くなると思つて窓を開けて薄着してゐたら悪寒に襲はれ厚着しても遅く熱いシャワー浴びても悪寒失せず午前中は布団をかぶり暖をとつて寝てゐた。昼にNHK教育〈にっぽんの芸能〉再放送で昨日の松嶋屋に続き今日は先週金曜晩の中村吉右衛門を見る。大松嶋はスタジオで司会の高橋英樹と歓談してゐたが今回は播磨屋はスタジオに現れず昨年九月に歌舞伎座の秀山祭から〈寺子屋〉で、これなら〈劇場中継〉と何ら変はらず。播磨屋の松王丸。ひどく咳をする場面があるが、あれはコロナでは上演は憚られるところか。菊之助の千代も上手。幸四郎の源蔵が播磨屋音羽屋の二人のレベルについてゆけてゐない。しかも番組の最後は「かういふ悲劇的な時代があって時を経て今の平和な世の中がある」とは意味不明。午後、木村屋でお遣ひもので菓子購ひ銀行へ行き旧知の職員に挨拶。須磨帆がないことに気づき家に忘れたのかと帰宅したら家にもない。Find my iPhoneしたら木村屋に置き忘れ。菓子屋でなぜ須磨帆出したのか、考へてみたら昨日の日剩に「葛餅」としたのが「わらび餅」の誤解だと木村屋で気付き慌てゝその場で須磨帆で訂正なんてことしてゐた。郊外のユニクロへ自転車でゆく。郊外の広大なショッピングセンターはかなりの人出。ユニクロで衣料品買ひ求めレヂに行つたらセルフレヂ……ふふふ、こんなもの香港で慣れてゐるぜ。「カゴをここに置いてください」でそこに籠を置いて商品を一つずつバーコードスキャンしようと思つたらバーコードリーダーがない。そして画面にはまだ前の客の購入リストが残つてゐる。それを消去しようとしたが消去できない。なんて中途半端なシステムをユニクロは使つてゐるのだ……と思つたら画面に表示されてゐるのはアタシの購入品。バーコード読むでもなく明細と合計が瞬時に出てゐたとは……あばらかべっそん。ところでズボン……これをズボンとはもう言はない、パンツなのださうだがズボンプレッサーはパンツプレッサーではないといふ向きもあるが試着するとウエストが76cmでも余裕で、これは男性だと20代の平均なのださうな。疫禍外出自粛で運動不足で飲酒と甘味三昧で太って当然なのに、このウエストのサイズに我ながら驚くばかり。ユニクロの向かひに餃子の王将があり入つたこともなかつたので太らない「自分へのご褒美」で夕方に生ビールと餃子。フロアのスタッフが厨房に「新餃子いたゞきました」と言ふのが気になつて仕方がない。これは「新規で餃子(の注文が)入りました」だろ。何だか店員に餃子を食べられてゐるやうに聞こえる。


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香港では早速、Carrie Maskの配給始まる。アベノマスクは小さすぎて(といふか、それ以前に届かない)、Carrie Maskは届くのは早いが大きすぎる。


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▼現代中国代表する画家・黃永玉が妻・梅渓の死去の訃報を伝へる。享年九八。


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 張梅溪は廣東新會に生まれ1942年に江西信豐の民衆教育館で就労のときに黃永玉と出会つたが裕福な家庭で父母には永玉との結婚に反対され宝飾品を売り幾許かの資金つくり永玉の待つ江西に赴き結婚。1947年に香港に旅居ののち53年に北京に移住し梅溪も児童文学の作家となつたが文革では死ぬ思ひ。下放された黃永玉は牛棚の寝床で梅溪に「老婆一個,左看是她,右看是她」と愛を詠つたといふ(老婆呀,不要哭)。黃永玉のこの梅溪訃報の文字の優しさ。

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久ヶ原T君にこれを見せると「梅渓」といふ名が美しいと宗峰妙超の墨跡「梅溪」を見せられる。

宗峰妙超(1282~1337)は播磨出身。高峰顕日南浦紹明に師事し、京都・大徳寺を開いた。本墨跡は「宗智道人」という女性の弟子に与えた号。京都田辺の酬恩庵(薪寺・一休寺)に伝来。慶長二十年、大坂夏の陣を終えた前田利常が加賀への帰途に立ち寄った酬恩庵で目にとめ何度かの交渉後、前田家と寺が続く限り毎年米百石(現在の約750万円)を寄進すること約束して寺から前田家へ譲られたと伝わる。 

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それに比べて、これだ……晋三。
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#検察庁法改正案に抗議します その通り!しかし晋三なんかをソーリにしたのは我々。それを歴代稀に放置して末期になつて非難しても遅い。どれだけのものを毀したのか。晋三はバカだが我々はもつとバカなのだ。