富柏村日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴り始めた日記ブログ 現在は身在日本

農暦十二月初二


f:id:fookpaktsuen:20191227093624j:image

f:id:fookpaktsuen:20191227093621j:image

「賓館落日」と大公報。反修例風暴で来港客減少あり宿泊業に痛手。この記事ではとくに大厦の一室や数日を無理やり改造した無免許も含む賓館(ゲストハウス)の経営難について。蘋果日報が揶揄するのは昨日、大埔での「暴動」鎮圧で防暴警察が暴徒だと思ひ襲ひ殴りかかつたら私服の警官で「おい、バカヤロー、仲間だよ」となつた話。よつぽどの混乱の中でならわかるが騒がしくもない抗議活動でのこと……と思ふと暴警の連中がいかにテンパってゐるかがよくわかる。

f:id:fookpaktsuen:20191227093634j:image

暴警の連中は抗議者に加へ自分たちの行動に纏はりつき生中継するマスコミも敵視。まだ正義のための行動ならまだしも誰が見ても狂気の暴力なのだから映されなくない。抗議者を殴打できなければ公務執行妨害をしてゐるのでもない取材中の記者に身分証見せろと脅迫で超過勤務の暇潰し。〈立場新聞〉の撮影記者は香港IDを見せろと強請られ香港ID渡すと気狂ひ警官はこの記者が中継中の映像にその記者の香港IDを写すこと数十秒。さすがにこの狂気の沙汰は香港警察も「混乱中の偶然のできごと」だとか「不理想」では済ますことできず内部調査するといふが夏以来、抗議者を「不慮の状況で」銃撃した警官も道路占拠する勇武派の群れに白バイで暴走し突っ込んでいつた警官も必要もない場面で実弾の入つた拳銃で市民を威嚇した警官も721で白衣に市民が襲はれるのを放置して現場を去つた警官も誰一人としてお咎めなしの腐つた警察組織なのだから、この記者の香港IDを放映させた警官とて処分など期待したところであり得ない。香港警察は誰か一人でもこの反修例風暴関連で処分すれば内部でどれだけの反発があるか、それを思ふと誰一人として組織改善などできぬ状況に陥つてゐる。

f:id:fookpaktsuen:20191228002105j:plain
f:id:fookpaktsuen:20191228001517j:plain

本日も好天で朝は摂氏17度まで下がつたが太陽が上れば冬とは思へぬ陽気。近所の金物屋の店猫「ぼっこちゃん」も気持ち良さげに日向ぼっこ。彼女は仔猫の頃から秋から春は店の前の日向が大好きで「ぼっこちゃん」と家人が勝手に呼んでゐる。聖誕節連休も済んだところで家人と湾仔へ。Gloucester Rdの歩道橋に上がる昇降機でイカした業務用自転車の伯父さんに遭遇。昼前で湾仔北のビジネス街に昼飯の配達のやう。かなりの量の弁当を自転車に括つてゐる。各々ビニール袋入りなのは、これがまとまつた注文なら大きな箱にでも積めるのだらうが、それが個別の注文だから。湾仔北にもオフィスビルの下に飲食店はあるのに余程安くて美味い食堂とかなのか?と興味あつて弁当にはつた明細を見てみると「真誠小厨」ださうで何処にあるのかと須磨帆で調べると湾仔とはいへかなり離れた鵝頸橋街市の一角。そこから自転車でこれだけの注文なのだから、さぞや人気なのだらう。会議展覧中心へ。この夏以来大型の見本市が3つだか反修例風暴で中止になつた会展中心だが聖誕節からは恒例なのか地元の一般客対象にした「冬季購物節」と「冬日美食節」開催中で混雑を思ふとぞっとして一度も来たことなかつたが先日ミニチュア玩具のTINY商店で入場券を貰つたのがあつて聖誕節は具合悪く陋宅に籠りがちであつたし暇潰しで出かけてみることに。いかにも暇さうな中年以上の客ばかり。購物節では按摩器などに群がる、群がる。

f:id:fookpaktsuen:20191228002050j:plain
f:id:fookpaktsuen:20191228002045j:plain

たくさんの数の小売業や問屋が出典してゐるが入り口すぐの文房具屋がゼブラやぺんてるの筆記具かなり揃へてをりZebra 蛍光ペン マイルドライナーといふラインマーカーが良いと先日何だかモノ系雑誌で見てゐたので、これを買はうかと試し書きしてゐるとアタシが手帳取り出して自分の書いたテキストの上をカラーでなぞつてゐたら横にゐたスタッフが手帳覗きこみ「こっちのほうがいいですよ、きっと」とゼブラ 蛍光ペン ジャストフィット モジニラインといふのを勧められる。何うやらアタシのペン書きが無印のジェルインクの極細で、それなら後者の方がいゝといふ見立て。その文房具問屋のすぐ裏にTINY商店の「これでもか」といはむばかりの出店あり。なにせいきなり本物のクラシックの二階建て巴士が客を迎へるのだ。これを何うやつて開場に運んだのか……圧巻。

f:id:fookpaktsuen:20191228001514j:plain
f:id:fookpaktsuen:20191228002058j:plain

それにしてもTINYのミニカーや市街模型など使つて香港の繁華街や九龍城区など見事に再現。

f:id:fookpaktsuen:20191228002036j:plain
f:id:fookpaktsuen:20191228002012j:plain

もう勢ひがとんでもないTINY商店なので「ありえない香港」シリーズでフォルクスワーゲンのビートルやメルセデスベンツの香港タクシーまで。ビートルのタクシー模型購入したのはアタシは昔、父が入手した中古のビートルを運転してゐた思ひ出もあり。

f:id:fookpaktsuen:20191228001521j:plain
f:id:fookpaktsuen:20191228001957j:plain

篭城で開催中の冬日美食節へ。ヒトの食意地とはこれほどのものかと圧倒される。ここでも抗議方の黄色系が幅をきかせてゐる。

f:id:fookpaktsuen:20191230082702j:image

湾仔碼頭からスターフェリーで尖沙咀へ。デジタル音源で福建演歌流しながら腹話術のやうな人形をつれたオヤジに遭遇。この愛息にまでタバコを咥へさせてゐるのもご愛嬌。 

f:id:fookpaktsuen:20191228002054j:plain
f:id:fookpaktsuen:20191228002002j:plain

〈マツコの月曜から夜更かし〉に出てきさうな御仁だが通りかゝりの年配者から「よう、久しぶり」と声をかけられてゐる人気者らしい。4年だか休館して建物躯体だけ残して大規模改装済ませた香港芸術館へ。ハーバー沿ひにまで「光復香港」「香港独立」のスプレー書きがあるが、これは美術館など公共文化施設への落書きではなく(それは本当に一切ない)これはMTR荃湾線の海底トンネル入り口の通気口施設の壁なのだ。さういふところをきちんと認識して器物破損とは。

f:id:fookpaktsuen:20191228002101j:plain
f:id:fookpaktsuen:20191228002018j:plain

以前の芸術館が本当に設計からダメな作りで、80年代後半に鳴り物入りで建造された尖沙咀のこの一角の文化中心、芸術館と太空館(スペースミュージアム)は外見のお粗末さが尖沙咀三大最悪建築と泣かれたわけで、殊にペニンスラホテルからの眺望を最悪なものにした……そのうち芸術館がおそらく構造からして大規模改修に適してゐたからなのだらう。入つてみるとロビーも開放感あり各階のオープンスペースも立地を活かして眺望も見事。これで展示内容さへ充実させたら成功なのだが。強いていへばフロアの床材が何だか安っぽくふわふわなのと(それによつて参観者の足音を消すことまでは計算してゐないと思ふ)職員に何だか昭和40年代のNHK〈空中都市008〉みたいなユニフォームはコンセプトがよくわからない。いくつものテーマ展示のうち一つだけ殊に拝見したかつたのは故・吳冠中(1919〜2010)画伯の誕辰一百周年展。1946年に中華民国政府派遣で渡仏。フォービズムや伝統的な中国書画に立脚して独特の洗練された現代画を描き中国モダンアートでの巨匠。今世紀に入り晩年に香港で画期的な作品を、この美術館から眺めた香港サイドなど即興で描いてみせ、それが最晩年のとくに脚光浴びた作品(下図)となるのだが、その矍鑠とした態が懐かしい。

f:id:fookpaktsuen:20191227144814j:plain

それにしても、この香港芸術館がかなりの数を蒐集して所有する吳冠中大師の作品展に対して「從糞筐到餐車」といふタイトルをつけてゐるのは不愉快極まりない。「糞籠から食堂車まで」って一体何だ、それは?と驚いたが英語では“From Dung Basket to Dining Cart”なので「餐車」は鉄道の食堂車ではなく料理を運ぶ手押しカートのことらしい。それでも意味不明だが解説を読むと「糞籠」は吳冠中がフランスから共産中国に戻り……といつても渡仏の時は中華民国だつたのだから在仏中に中国は別の政治体となり吳冠中はその見知らぬ共産国に(中華民国国費留学生といふ立場を捨て)希望託し向かつたのだらうが文革では非道い目に遭ひ下放され農村で絵画などする環境にも難儀するなか「くそ籠」といふのだか飼育する牛であらうか(豚糞はとても糞籠では運べまい)その糞籠までをも用ゐて(この意味不明)描絵を続けたといふ。そして「餐車」は、これはアタシも映像で見てゐたのでわかるのだが上述の最晩年の香港で、この美術館で香港サイドを描く際に画材などを料理運ぶ手押しカートに載せて歩きまわられてゐたこと。さうすると後者から想像するに前者の「くそ籠」は画材を入れてどこか描く風景を探してゐたといふことか……いずれにせよ「從糞筐到餐車」は全くセンスのない、意表を突くことだけ期待したのか陳腐な命名。再オープニングの目玉がこれぢゃ今後を心配するばかり。

f:id:fookpaktsuen:20191227144715j:plain
f:id:fookpaktsuen:20191227144656j:plain

故郷の江蘇省の水郷、白壁の民家の連なる風景を吳冠中大師はこよなく愛し描いてゐるが、その作品は中国の伝統的な水墨画からモダニズムの境地に辿り着き無駄な線を一切省き墨色(作品によつてはマーカー)と下地の白の色で完結に、そして実に味わい深く、江蘇の生活様式を描いてゐる。そして吳冠中にとつて香港はかなり刺激的な都市であつて、その江蘇の伝統的な住宅とは全く逆の、香港の超高層ビルが重なる風景を、こちらはさまざまな色や他には見られない実験的な技法で描いてゐる。

f:id:fookpaktsuen:20191227144511j:plain
f:id:fookpaktsuen:20191227144842j:plain

折角、久々にぶらぶらと尖沙咀に来たので芸術館から東に沿岸を歩く。つい1ヵ月前の催涙弾に燻された紛争地区だといふのがまるで嘘のやう。東急百貨店も昔こゝにあつたニューワールドセンターの解体工事が始まつたのはもう10年くらゐ前だつたか。元々ここは廣九鉄道站に隣接でHolt’s Wharfといふ貨物港があつた場所で今回はそこにMuseaといふアートテイストの大型ショッピングセンターにArtusといふ超高級サービスアパートメントとAtelierといふホテル(ローズウッドホテル)とオフィス複合超高層ビルのコンプレックスで全てが新世界集団の最近の主張で“K11”と冠がつく(これはよくわからないので何うでもいゝ)。その再開発された一帯がVictoria Docksideと名付けられる。建築群ぢたいかなり凝つたつくりでポストモダンそのもののテイスト。どこか子供が基地づくりをした結果の大規模建築のやうな遊び心もあるのだが、これを複合型施設として何う活かせるかは難しい課題。

そのK11 Musea商場に入つてみる。大型の商業コンプレックスが生理的に嫌い。かなり内装にも設計に凝りかなりの資金を投じて香港で他に見られない独特のポストモダンな商業空間を建造してみせたのは大したもの。出店してゐるテナントも香港で珍しいトンガったブランドに加へ従前からのブランドも、この商場のテイストに合はせかなり意匠変へを検討した結果のやうらしい……だが何うなのだらう、こゝまで凝つてしまふと好きな人には好かれるが商場でありながら万人受けせず凝りすぎたコンセプトは暫くすると飽きられ易いのも気になるところ。家人がこの開発区からSalisbury Rdの向かひにある尖東の公共交通ターミナル屋上とそれと空中で繋がつたMTR尖東站屋上の空中庭園に行つたことがないので催涙弾放題もないし散歩。そこから裏手の訊號山花園の訊號塔も、これはアタシも初めて登つてみる。尖沙咀のど真ん中にこんな場所があるとは。まだ通信の発達せぬ時代、こゝから時報の「ドン」といふ鐘が鳴つてゐたのだ。

f:id:fookpaktsuen:20191227153017j:plain
f:id:fookpaktsuen:20191227163939j:plain

K11 Musea商場にはニューヨークのMoMAミュージアムショップもあり。紐育にあつてこそ、のショップのやうに思ふが東京でも香港でも何処にでもあると目新しくもない。でもローランドの木製電子ピアノKIYOLA KF-10-KO は素敵であつた。K11でも従前の、ハイアットリージェンシーホテルが入居する方の尖沙咀中心部のK11商場には土屋鞄店の香港視点が20日に開業。大人のランドセルはHK$11,370(16万円)でやはり日本製品は香港で売るとなると何でも高値と思つたが店員君が「東京での販売価格より何うしても少しお高いのですが……」といふので10万円の物が16万円ではさすがに「少しお高い」とはいはんだらうと調べてみると同製品は今は日本でも13.2万円……なら諸掛込みで2割増と思へば成程。

f:id:fookpaktsuen:20191227152330j:plain
f:id:fookpaktsuen:20191227165209j:plain

尖沙咀などいつも通りかかりで意外と知らない場所もあるもので SHOP EASYといふ食料雑貨の店が地下にあるので入つてみると予想以上に地下は広くインド系で恐らく香港で一番品揃え豊富なスーパーなのではないだらうかしら。Lay’sのチップスで味は間違ひなく全く同じなのだが一寸不気味なパッケージのデザイン。片方は食べると髭が薄くすべすべお肌で、もう一方は髭が濃くなるのかしら。

f:id:fookpaktsuen:20191227170729j:plain
f:id:fookpaktsuen:20191227170432j:plain

今日は湾仔から尖沙咀に渡り狭いエリアで建物内も含め、もう10kmも歩いてゐるのだが今日はまだ終はらず九龍公園内の香港文物探知館へ。聖山遺粋:啓徳地区出土宋元文物展 参観。九龍城の城壁に囲まれた城砦の背後に標高216mほどだが「聖山」と呼ばれる高台あり。かつてモンゴルの〈元〉による侵略で南宋の末裔「昰」といふ幼帝と衛国王「帠」がこの地に逃れてきて数ヶ月滞在したといふいはれあり、この聖山の上の巨岩には「宋王臺」と刻まれ、これが九龍城を守つてきたのだが香港侵略した日本軍は九龍湾埋め立て滑走路建設のためコトもあらうに、この聖山を削つてしまひ今は山の3分の1ほどが残るばかり、この宋王臺の巨岩も無残に扱はれ今では「宋王臺」と書かれた岩の一部のみ現存で、これが九龍城市街近くの幹線道路に囲まれたロータリー内の公園に置かれてゐる。

f:id:fookpaktsuen:20191228005737j:plain 

f:id:fookpaktsuen:20191228005105j:plain
f:id:fookpaktsuen:20191228005108j:plain

啓徳空港が1998年に閉鎖され今はその再開発が続いてゐるが、この九龍湾沿岸の一帯は古くから集落があり地元豪族がゐて九龍城になつたわけで空港敷地の地面を剥がし再開発前に考古学的調査も必要最低限は行はれ、それも含めた九龍城一帯での宋、元の時代の出土品の展示がこれ。だがアタシは考古学とか出土品の陶器や装飾品などには興味も浅く地図や写真などばかり見てゐる。(写真左下)地図の左手にある三角線で頂上のある高地が聖山。その三角の底辺に四角い城壁に囲まれた九龍城砦あり。そこから湾岸にかけて集落(黒色)がつづいてゐることがわかる。今の九龍城市街の一部がその集落で大部分は空港敷地になつてゐた。(写真右下)1964年の航空写真を見ると削られた聖山の一帯はまだ悪名馳せる「九龍城砦」は高層建築になつてゐないバラック集落で、その南に現在の九龍城市街が都市開発されてゐる。それにしても当時の山は樹木などない岩肌が広がる。今日までどれだけ山まで緑化が進んだことになるか。

f:id:fookpaktsuen:20191227172756j:plain
f:id:fookpaktsuen:20191227172744j:plain

本日の社会科見学終はり尖東まで歩き幸福中心の一平安でラーメン啜り帰宅する。

f:id:fookpaktsuen:20191228004211j:plain
f:id:fookpaktsuen:20191227181034j:plain
f:id:fookpaktsuen:20191228004204j:plain

暴警の抗議者鎮圧ぶりは日に日に狂気、度を増すばかり。若い抗議方の青年を中年太りの巨漢の私服警官がのしかゝり地面に倒して俯せで無抵抗のところに別の防暴警官が胡椒スプレーをかけてゐる。これが適切な作法でないことは明らかで刑事罰相応の暴力なのだが警察はそのやうな懸念など皆無なのは、もはや理性も良識も(最初から?)欠如での気狂ひ沙汰ゆゑ。かうした悪作法が連日続くので抗議方は批判を強めるばかりで黄絲の飲食店は流行り黄色経済圏とまで呼ばれるやうになりネットで普通に「火炎瓶の作り方」が紹介されてゐる。容易に入手できる原料で12才くらゐの若者でも製造は手軽だらう。警察は若い人たちにかうした暴徒化してもらふことで、それの鎮圧といふ大義名分で暴力放題で中央政府からも評価され手厚い超過勤務ももらひ……何ともはや。