富柏村日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴り始めた日記ブログ 現在は身在日本

荷風散人逝去六十年命日

農暦三月廿六日。昼にかけ大雨。夕方から宮中にて聖上退位礼正殿之儀。天皇崩御から新天皇即位は昭和→平成で見聞してゐるが(といひつゝ“The Emperor Hirohito died”は豪州パースの魚市場に流れてゐたラジオ放送で知り帰国したら、もう平成であつた)、天皇退位なるもの二百年ぶりで前回も京都で限られた連中しか見てをらぬのだから今回は興味深く拝見。老い先短く次のお世継ぎまで生きてゐるかは不明のところ。普段、元号使ふ習慣もないが平成は今になつてみると平成2年に香港に転居のため{平成ー1}がアタシの香港居住年数と今になつて気づく。午後5時(JMT)より退位礼正殿之儀。玉座、背に菊御紋の椅子二脚。聖上来臨。その前後に剣璽で皇后宮それに従ふ。天皇皇后玉座に上り、その左右に剣璽を置く。

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すぐに久ケ原T君より「剣璽の案を天皇ご一人の左右ではなく皇后宮と並んでその左右に配置は果たして良いものか」皇位の象徴のありやうとして問題は如何にと呟きあり。御意。明日の新帝剣璽承継之儀で(今回の日程では本来午前0時での皇位継承となつてゐるがおかしな話)これは昭和→平成では皇位継承順にある男子成人皇族のみ、今回もこれに倣へば秋篠宮常陸宮のみの参列で今日の礼正殿之儀のやうな問題は生じないのだらうが。

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NHKでは朝6時から夜中まで延々と天皇番組続いてゐたが晩8時からのNHKスペシャル「日本人と天皇」大嘗祭再現と今後の皇位継承に焦点当て興味深いもの。三笠宮が新憲法に則し天皇制も民主主義的に変はるべきとして天皇基本的人権、退位、女性天皇を認めるといつた皇室典範改正唱へてゐるが、これを当時の内閣法制局長官であつた入江俊郎に私案提出、これが入江家の遺品にあり今回この番組で三笠宮直筆のこれが見られたのは貴重。これは小泉内閣で提案され悠仁親王誕生で棚上げされた女帝、女系天皇の検討にほゞ踏襲されてゐるが、この番組でも今後の皇位継承でかうした点に言及。蘋果日報(香港)の主筆(廬峯)が論説(実質的な社説)で「徳仁要當好Comforter-in-Cheif」と題して日本での皇室の役割と成果に言及してゐるが、その中で

其實,日本皇室真正的問題在於傳承。正如日本作家新井一二三所言,日本皇室在二戰後大規模收縮後有資格繼位的人選大減,少子化現象又同樣影響皇室,加上日本傳統不讓女性繼位。德仁之後能繼位的是弟弟文仁及他的兒子悠仁親王。要是悠仁將來只生下女兒,天皇繼位登時受影響。如何讓人丁越來越單薄的皇室存續實在是個更大難題。

と一二三さんの指摘引用で懸念する通り。それにしても……である。これまでは天皇崩御→新天皇即位で祝賀自粛ムードあつたが今回は国を挙げての「ゆく年くる年」のやうな祝賀ムード。皇居前広場に集ふ民草、渋谷スクランブル交差点での大騒ぎ、田舎の夏の夜祭りの前倒し……祝賀は祝賀で良いが、これだけで新しい時代に期待はあまりに他力本願。「一緒に祝ふことで日本人としての絆」なんて言葉にぞっとする。国民自らが国のあり方考へなければ平成の負の側面はそのまゝか更に悪化深刻なることを肝に銘ずべき。今日のこの日に至り最も印象的なのは2016年8月8日の聖上による退位に向けた発言。NHKで流れたこれは晋三の内閣をして憲法改正など一連の平成維新の流れに一石投じるばかりか天皇退位が大きな政治日程に。晋三が道化、トリックスターになりぬ。これは天皇の政治介入といふ見方もあるが、そこまでしなければならぬほどの政治危機を聖上が回避させたことは平成の最後の強い記憶。本日、荷風散人逝去六十年目の命日(と久ケ原T君より)。

戦後の日本国憲法の柱である平和と福祉のために尽くした明仁天皇美智子皇后だったと評価できる。それもただ「平和が大事」と繰り返すだけではなく日本の国民に対して日本人が戦争で経験させられた大変なことだけでなく日本が過去、特に近隣の諸国の人びとに行ったひどいことについてもしっかり思い出し記憶し続けることが大事なのだという誠実なメッセージを伝えた。
天皇制がかつて排外主義的な象徴に使われ今も使おうとする人々がいるのは事実だが平成の天皇と皇后は国際協調主義に基づいた行動を続けた。戦争の傷痕をいやそうという行動を含めその基盤には「戦後憲法の価値を重視する」という考えがあったことも間違いない。
一番興味深く感じたのは明仁天皇の2001年誕生日にあたっての記者会見。「桓武天皇の生母が百済武寧王の子孫であると続日本紀に記されていることに韓国とのゆかりを感じています」と述べた。「純粋な日本民族」や「万世一系」を重視する人々は衝撃を受けただろう。それだけにとどまらず天皇は韓国から知識や仏教が伝えられたことに触れたあと「残念なことに韓国との交流は、このような交流ばかりではありませんでした。このことを私どもは忘れてはならないと思います」「両国の人々がそれぞれの国が歩んできた道を個々の出来事において正確に知ることに努め個人個人として互いの立場を理解していくことが大切と考えます」と、まるで国民に歴史の授業をしているかのように語った。
日本の右派は天皇制を万邦無比、世界に例のない存在と考えがちだが世界中の象徴君主制と共通点を持っている。また左派には優れた研究者として尊敬する人の中にも「天皇制を日本特有の問題の原因である」と見做し「天皇制がある限り日本から差別はなくならない」といった主張をする人もいる。私はどちらの立場からも批判を受けることもあるが天皇制は世界の君主制と多くの共通点があり近現代の象徴君主制の一つと考えて良いと思う。
日本人は、日本は特殊だと考えがち。確かに日本には天皇制という世襲制があり理論的には民主主義と矛盾する。しかし、それはごく一部のことで全体として民主主義が機能しており日本は民主主義国でないというのは間違い。イギリスもスペインもベルギーもオランダも、それぞれが欠点や問題を抱えているけれども象徴君主がいるのと同時に民主主義国。
ユートピアを追い求めるように完璧な民主主義の制度を求めるのは危険。君主がいようといまいと民主主義は制度さえつくれば、それで安心してはよいものではない。
天皇や王、女王は建国の理念が書かれた文書や旗ではない。自分の頭で考え感じ歩きもすれば喋りもする。何が象徴としての行為としてふさわしいかは国民の変化を背景に君主がみずから考えなければならない。次の天皇となる徳仁皇太子と雅子皇太子妃は基本的に平成の天皇と皇后のつくりあげた路線をほぼ踏襲するのではないか。平成と令和という親子の世代は戦後憲法で価値観を育み「象徴学」を学んだから。
日本人は多様化している。多様性の中から統一性を形成するのが一番大事な役割になるだろう。平成までの天皇が果たしてきたよりも、より大きな「国民統合の象徴」としての役割が求められるかもしれない。世界にはポピュリズムの嵐が吹き荒れている。先進国の日本がそれを免れているのは天皇制が役割を果たしているのかもしれない。
天皇制は自国優位主義の動きに利用される可能性がつきまとうが平成の天皇と皇后は国粋主義的な動きに嫌悪感を示し国際協調主義の立場に立ち続けた。外国人に門戸を開放しつつある日本で、そうした排外主義的な動きが顕在化したり、あるいは貧富の格差が拡大したりするなど天皇が分断された国民を統合する機能がより求められるような時が来るかもしれない。

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朝日新聞(平成最後の日)「思考停止、変える力を」作家・高村薫さん寄稿 https://t.co/qcXENyBI9K

世界が猛烈なスピードで変わり続ける一方、この国は産業構造の転換に失敗し、財政と経済の方向性を見誤ったまま、なおも経済成長の夢にしがみついているのだが、老いてゆく国家とはこういうものかもしれない。自民党一党支配に逆戻りして久しい政治がそうであるように、この国にはもはや変化するエネルギーが残っていないのだ。その一方で深刻な少子高齢化も、企業の多くに賃上げの体力がないまま進む貧困と格差の拡大も、とうの昔に破綻している原子力政策も、平成の30年間に私たちが見て見ぬふりをし続けた結果の危機でもある。平成が終わって令和が始まるいま、何よりも変わる意思と力をもった新しい日本人が求められる。どんな困難が伴おうとも、役目を終えたシステムと組織をここで順次退場させなければ、この国に新しい芽は吹かない。常識を打ち破る者、理想を追い求める者、未知の領域に突き進む者の行く手を阻んではならない

▼(朝日新聞元号案、晋三指示で追加「令和」3月下旬に提出 6原案、皇太子さまに事前説明……「万葉集っていうのがいいよね」って万葉集読んだとか歌の一つも諳んじられるとか、ならわかるが https://t.co/Prs6O9BH9g

朝日新聞(社説)退位の日に「象徴」「統合」模索は続く

最近の風潮で気になるのは、現実政治に対する失望や焦燥が天皇への期待を呼び起こし、求心力を高めるひとつの原因になっていることだ。一方で、憲法に忠実であろうとした陛下の退位を、憲法が保障する自由や権利、平等などの価値を否定し、戦後体制の見直しにつなげようとする言動も目につく。どちらも皇室の政治利用につながる動きで、認められるものでない。天皇に頼るべきでないことを頼る空気がはびこるのは危うい。その認識を一人ひとりが持つ必要がある。天皇が国民統合の象徴であるためには、この社会が実際に統合されていなければならない。言うまでもなくそれは、ひとつの色で国を染め上げたり、束ねたりすることではない。多様な価値観を認め、互いを尊重しあう世の中を築くことだ。政治が期待される本来の機能を発揮して、社会にある分断の修復に努め、その芽を摘む。むろん、対立をあおる言動は厳に慎む。そうであってこそ天皇は統合の象徴たりうると、政治家は心してもらいたい。

しりあがり寿地球防衛家のヒトビト』休みだー(朝日新聞https://t.co/ms9XWx9TEJ