富柏村香港日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴る日剩でござゐます

台北に遊ぶ

農暦二月二十日。朝五時起き。六時すぎに香港站より始発二本目の機場快線で空港へ。八時初のフライトは七時二十分搭乗。慌たゞしいが乗継ぎでもないかぎり空港で無駄に時間潰すよかマシ。離陸前からうとうとしてゐたら、あつといふ間に桃園空港着。昨年七月以来の台北。快晴。気温摂氏廿八度だが心地良き涼風。午前十一時過ぎには善導寺Hotel Cozziに下榻。昼過ぎには部屋用意できるといふので荷物だけ預け出街。ホテルの向かひは華山市場で阜杭豆漿の行列は早朝の開業から昼も近いのにまだ外まで続いてゐるが並んでまで豆乳啜りたいとも思へず。家人に誘なはれ青島東路の莫名福州乾拌麵。


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たかだか麺屋で「莫名」とは何とも尊大だが麺にタレをかけただけの拌麵が確かに美味は事実。葱油拌飯も美味い。家人が伊東豊雄設計の辜振甫記念図書館を見てみたいといふ。台湾大学の社会科学院図書館がそれ。成功中学横のバス停から中正紀念堂地下を潜り古亭から師範大を抜け科技大近くでバス下車。昼どきで路地の食堂街は学生で溢れる。

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台大とて今どきで垢抜けた学生も多く女装の男子まで。辛亥路を渡り台湾大学。辜振甫が台北帝大・法卒(昭和16)で彼の名を冠した図書館は伊東豊雄により社会科学院の、といふには寛げる市民図書館のやうな明るい空間で台湾の優しさを象徴するかのやう。


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部外者ながら参観可。開架の蔵書は、台湾大学には敷地内に旗艦の図書館があるにせよ、社会科学関係だけとしても台大だと思ふと「えっ?」と驚くほど乏しく見えなくもなし。台湾史の書架。中文に加へ日本語の書籍、その多くがかつて台湾史研究=党外の非合法視された時代の日本語でなら書けた時代のもの少なからず。ふと一冊を手にとると張炎憲教授寄贈とあり張教授の笑顔を思ひ出す。九十年代初頭に中文大学訪れた張教授の知遇得、数年後、台北にお尋ねしたとき李登輝総統による民主化、台湾化のれいめいきで張教授は中央研究院入りしてをり「ついに台湾人が台湾の歴史を堂々と研究できる」と嬉しさうに仰つてゐた。書架を眺めてゐると張教授の著作集あり。


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一冊を開き張先生は今だうされてゐるのかしらと略年表を見ると2014年に米国で心筋梗塞で客死と記載あり。1947年生まれで享年六十三。台湾人として初の国史館館長も歴任され老後まだ研究と成果が期待されてゐたであらうに。哀悼。台大構内を歩く。家人と今となつては学生時代がなんと素晴らしいことか、と感じ入る。永康路界隈行くといふ新生南路からバスに乗り家人は永康路で下車しアタシはそのまゝ善導寺まで。ホテルに戻り客室に入り旅荷広げ寛ぐ。

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燈刻に家人戻る。永康路から路地から路地と歩いて戻つたといふ。早晩に忠孝東路を東行の路線バスで忠孝敦化へ。復興路の裏道に喫煙具、万年筆など売る、老人の営む肆あり今どき、どれ程の商売になるのか、フランスの面白い形のパイプを見せてくれるが、ご祝儀程度にキャプテンブラックのパイプタバコ(ロイヤル)贖ふ。


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長白小館。酸菜白肉鍋。

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この食肆の名が中国と北朝鮮の国境となる長白山なら、台北で酸菜白肉鍋で人口に膾炙すもう一軒といへば四平小館で四平も吉林省の地名。大陸の東北から外省人が台湾に運んだ料理で、この食肆の入り口にも国府の国旗がはためいてゐるのは当然か。ホテルに戻る。早朝に香港を発つたとはいへ飛行中も仮寝、夕方も漫睡したのに早寝。よく寝てばかりゐる。