富柏村日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴り始めた日記ブログ 現在は身在日本

農暦二月初二

農暦二月初二。氷雨。党紙『大公報』は連日、大湾区についての喧伝甚し。

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王志民在十三屆全國人大二次會議香港代表團審議政府工作報告時的發言 https://t.co/h4NUgEloWE 堅守“一國”之本 善用“兩制”之利 加快建設粵港澳大灣區美好共同家園

もはや香港の一国両制など付き出しの扱ひなり。広東省珠江下流の大湾区あつての香港。

テレビはなるったけ見ないやうにしてゐるが、ふとBSの日本映画専門chで昭和39年の『モスラ対ゴジラ』見てしまふ。片山杜秀的に伊福部昭の音楽を聞きたかつた。作品としてはモスラの幼虫が東京タワーで蛹から孵化する昭和36年の『モスラ』が秀でる。


原作が中村真一郎福永武彦堀田善衛って、どこの文芸誌か、と思ふがモスラなのだ。こちらの音楽は古関裕而。それでも『対ゴジラ』も伊勢湾台風、南洋の核実験、干拓地の開発にレヂャーランドと昭和30年代の時代的社会背景を見事に描き人々は相互の信頼と希望で平和に幸せになれる、といふ理念に満ち溢れてゐるのだから。自衛隊もまさにゴジラといふ敵から我が国を防衛する任務に忠実で、そこに丸腰平和論もない。つまり「矛盾は承知」で保守的な戦後日本の理念に基づいてゐる。映画は見出すと止まらず続けて小津の『浮草』も久しぶりに見る。

昭和34年で主人公の旅芸人演じる先々代の鴈治郎はアタシがこの映画見た時には随分と老けた役者だと思つたが撮影時56歳とは。夏の巡業で伊勢志摩の集落で一膳飯屋営むお芳を訪ねるシーンが素敵だが鴈治郎は杉村先生と十数年ぶりの再会なのに見世の奥の座敷に先づは「上がって」といはれ「一本つけてくれ」と猛暑の最中、お燗。冬でも冷酒(れいしゅ)で、酒を「冷やで」どころか「常温で」といふと「レイシュですか?」と言はれる今日日からすると「夏に熱燗」に驚くが酒は冷酒(れいしゅ)どころか冷酒(ひやざけ)も映画では旅巡業先の芝居小屋で楽屋酒がそれで客に冷酒を出すことへ憚られたもの。久が原T君に言はせれば火事見舞ひの酒も「見舞ふ方は燗酒差し入れ迎ひには逆に冷や酒を供されるのが定法」と。そこから火事見舞ひといへば「富久」で黒門町の、といふ話になり、これも久々に寝しなに黒門町の「富久」を愉しむ。

アタシの若いころも薄給でカネ使ひは荒かつたがアベノミクスの好景気wの下、40代で貯金ゼロだとか平均で200万円下回る預金高とは。このまゝ彼らが年老いてゆくと思ふと大変な時代に。

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