富柏村香港日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴る日剩でござゐます

片山杜秀『ゴジラと日の丸』

農暦正月十三日。夜中に目覚め暫く読書して二度寝したら変な夢を見た。聖上、それも昭和の先帝がタキシードの正装で香港で私とタクシーに乗つてゐる。畏くも私の手をとり、いろいろお話をされる。私が何か機転を利かしたつもりで行動したら陛下と別れてしまひ慌てゝ追ひかけるのだが(よく夢でさうなるのだが)走らうにも足がとんでもなく重く痙攣するやうで前に進めない。汗びっしょりで寤める。朝は小雨。本日、香港マラソン。高温高湿で走るには悪条件といはれてゐたが摂氏17度で雨はまだ走り易いか。

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香港マラソンに出てゐた若い時分が懐かしい。高速道路走るのは退屈すぎた。官邸で久々に週末の残務処理。今月は春節で実働日数少なすぎ。さすがに。晩に寒くもないが湯豆腐掬ひながらテレ朝で「空き家バスターズ」なる番組見てゐたら山形は上山の映画館「トキワ館」の廃屋所有者探しで平成の「ガメラ」シリーズ制作の脚本家の実家が此処。そりゃ映画館で育てば、かうなるわな。アタシは水戸の商店街に育つたが土地柄、映画は見放題。三笠会館といふ映画館あり 小学低学年の時に竹馬の友Y君の家が興行主で、いつも放課後Y君と木戸御免で客席どころか映写室まで遊び回りドリフの映画『誰かさんと誰かさんが大集合』も三笠が招聘したやうなもので水戸での撮影は今日は何処で何時からまで掌握でY君とロケ現場へ行くと特等席で撮影見られたのも懐かしい話、それがこの後、中学の自分は角川映画で高校生で先日綴つた清順監督の『ツィゴイネルワイゼン』あたりに繋がつてゆく……と思つてゐたら番組の取材は水戸で笠原不動尊、それが朽ち果てゝゐるといふ。桜川の支流、逆川河岸段丘で水戸神社の横。昭和50年頃の再建で鯉淵氏なる市議会議員は水戸下市の鯉淵提灯屋で、この笠原神社の土地の所有は吉田神社で市長まで出て来て今後の修復へ、と一寸出来すぎた話。NHK教育日曜美術館北斎の特集を見る。永田コレクション。ゲストの宮本亜門は要らない。晩に湯豆腐。ウチの湯豆腐は豆腐の他に鱈、春菊、ネギと椎茸が入り湯豆腐といふよりは豆腐鍋。

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今宵まだ冬か汗かき豆腐鍋 榴槤アイスに凍ゆ夜

ゴジラと日の丸―片山杜秀の「ヤブを睨む」コラム大全

ゴジラと日の丸―片山杜秀の「ヤブを睨む」コラム大全

 

 この数日、片山杜秀の「ヤブを睨む」コラム大全『』を読んでゐた。『週刊SPA!』に90年代から10年余連載されてゐたコラム(当初は無記名でタイトルもなし)を纏めたもので話題は怪獣映画から音楽、政治思想やカルトまで500本ほどが満載の573頁もの大著(文藝春秋、2010年)。今でこそ週刊SPA!もネットで気軽に読めるが当時こんな連載があつたことも寡聞にして知らず。片山本人もあとがきで高橋源一郎らかなりアンテナの高い方々も多分にこの連載を知らなかつたと書いてゐる。杜秀先生を今でこそNHK FMの「クラシックの迷宮」で皇紀二千六百年祝賀音楽を聞いたり時々テレビに出てゐるので「片山杜秀がどういふ人か」に驚かないが、それもなくたゞこの連載を読んだら博覧強記の奇才に唯々驚くだらう。それでも週刊誌の連載なら1回1本で読み流せるが、これを何百本も続けて読んでゐると、さすがにアタマがおかしくなる。「アメリカと日本人」といふタイトルで(それはいゝが)「野村沙知代江藤淳の共通点について」とか「若乃花とJCOに思う「日本人、幕末への退行」説」とか。映画の話も『ゴジラ』とか日本映画なら未だわかるが映画も米国でKenneth Angerが17歳のときに制作した短編映画“Fireworks”とか。


由紀夫さんも真っ青の至極の痛みのある恍惚。あれこれ杜秀ワールド炸裂なのだが自嘲的なネタも少なからず笑える:杜秀さん自身が若い頃に「オウム信者」と電車の中で思はれヘンなオヤジから攻撃をくらった話とか、そりゃあの風貌でしかもそのときは「白の襟なしシャツに白いズボン、腕には修験道系の神社から貰つた紫の数珠をつけていた」といふのだから。そして、この連載の最後を飾るエッセイなど夢の話で、朝寤めると中学生になつてゐた自分は学校は遅刻でズル休み決込み高円寺の賭場で遊ぶことにすると、その賭場は寝床みたいな古本屋の地下にありヤクザの代貸し平田昭彦中盆成田三樹夫で客が伊藤雄之助田中春男中村伸郎で、彼らに「学生は勉強しろ」と諭され、気がつくと学校の大教室の通路に寝てゐた自分は早く教室に行こうと高さ25mの天井まで伸びる急傾斜のすべり台を駆け登らうとするが失敗して悄気てゐると、そこに大川周明が現れ自分の部屋に誘つてくれるのだが

(大川)博士の部屋の部屋は学校の最上階にある。一緒に昇降機に乗ると、それはどんどん上昇し、数千メートルは上がったかと思われたが、まだ最上階には着かない。そのうち昇降機はガラス張りになり、外の景色がよく見える。眼前には富士山と天山山脈と大仏様があまりに巨大に生々しく、どれもきれいに同じ高さで並んでいる。絶景だ! そこで博士が言った。「あれこそ日中印提携の象徴です。この三国が渾然一体となってこそ大東亜秩序は完成するのです」
しかし、どうも手前の東京タワーが視界を幾分さえぎる。「博士、あの醜悪な建築を壊してしまいましょう」。するとモスラの幼虫が現れ、東京タワーをポキッと折ってしまった。「イヤアー、愉快、愉快!」 ぼくと博士は依然上昇し続ける昇降機の中でいつまでも笑い続ける。「アハハハハー、アハハハハー!」
夏の明け方、夢を見て、幸せな気持ちになった。

って、どうよ? こんな話を読んだらアタシの夢に昭和帝が出てきたもおかしくない。この数百本の連載エッセイのなかで2001年8月15日から2回掲載の「A級先般だけが悪いのか? 影山正治東久邇宮稔彦の精神に還れ!」を無断転載。それに続く「七十年前の浜口内閣と小泉内閣は似すぎていて怖い!」も、よくぞこゝまで対比して見せる……と面白い。

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