富柏村香港日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴る日剩でござゐます

三竃島事件

農暦十二月初八。曇。昨日のやうな霧霾ではないがどんよりと不快な曇り空。朝から夕方まで蒲豊彦編著『三竃島事件』を読む。正月で雑煮はもう終ひかと思つてゐたが家人がNさんより日本でついた餅をいたゞき雑煮にして飰す。晩に與那覇潤『中国化する日本』読み始める。

三竈島事件: 日中戦争下の虐殺と沖縄移民

三竈島事件: 日中戦争下の虐殺と沖縄移民

 

三竃島は珠江河口から南シナ海に出たところ、マカオの西南にあつた伊豆大島ほどの面積の島。かつては海賊が横行したが清末からは肥沃な土地での稲作が盛んで米国等に渡つた華僑からの仕送りで比較的豊か、静かな島に文人も多く平和な土地柄。マカオ西南に「あつた」と書いたのは今では珠江デルタの著しい埋め立てで今では大陸と陸続きで珠海市の一部。4千米の滑走路をもつ珠海金浦飛行場があり中国の航空ショーはこゝで開催される。そこが日本軍の中国侵略で空軍の拠点となることで、この島で過酷な歴史が始まる。北支から上海、南京と陥落させてきた日本軍は広東で海南島と、この三竃島に焦点を当てたが海南島はゲリラなど情勢不安定で小さな、この島に空軍基地を建造。それが今の金湾空港になるわけだが日本軍がこの島に入る際に大規模な住民虐殺があり慰安所での婦女暴行もあり。島が占拠されマカオなどに多くの島民が逃げた後、こゝに沖縄からの移民入植。抗日ゲリラ活動ある度にゲリラや住民虐殺あり。太平洋戦争勃発で米軍の空襲を受け日本敗戦の後は国共内戦で後退する国民党の拠点となり中共成立後も親日、国民党に協力した反革命分子粛清で悲劇が続く。この編著者が1997年にテキサスのヒューストンで甘志遠といふ当時、日本軍と関係のあつた老人との出会ひから現地、当時の日本海軍士官、沖縄に戻つた入植者、従軍で通訳だつた台湾人らからの高齢となつた人々から聞き取りを始め彼らが相次いで鬼籍に入つた後も当時の大量の史料等で検証した結果が、この書。