富柏村香港日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴る日剩でござゐます

ラテン語と漢籍

農暦十二月初六。このところ朝は暗いほどの曇、昼はやつと時たま陽がさす程度。気温は摂氏20度超へで高湿度と3月のやう。

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太田ファインアーツから草間彌生版画展の葉書届き何気に消印を見たら上海で、ついに東京からの郵便も上海経由で届く時代になつたのか、と思つたら上海にある太田ファインアーツのギャラリーでの展示会のお知らせ。

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中国で富裕層がいつたいいくらの価格で草間彌生作品を買い入れるのかしら。それにしても葉書には「草间弥生版画展」とちゃんと簡体字で書かれてゐるのに、それを簡体字とも意識せず読んでゐる私も感覚がすつかり中共化してゐる。早晩に中環から久々にスターフェリーで尖沙咀。夕食の約まで少し時間があつたので酒場・酒血に寄り啤酒一杯。暖かい晩だが朝の路線バスの冷房きついので必要な薄手のコートを酒血に預け何年振りか元気一杯居酒屋で会食。日本料理屋で焼酎に「無料」があるのは凄いこと。

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普通なら酒をどれだけ売るか、が利益なのに。それに料理も手頃な価格のものが並び香港の食費高騰のなかでは「うそでしょ?」でご商売も繁盛。

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酒血に戻り宮城の伯楽星を飲み干しほろ酔ひ気分でMTRで帰宅。

 南條竹則『英語とは何か』(集英社新書)読む。今ではすつかりリンガフランカの地位にある英語。かつてはラテン語がそれだがラテン語もその前の時代のギリシア語で書かれた名著がラテン語訳されたことでラテン語さへできれば、つまり当時の教養は会得できるわけで、これは東アジアでいへば仏教で『漢訳大蔵経』があることで秦那、朝鮮や日本の坊さんは漢文さへ読めれば梵語解せずも般若心経だらうと一応読めた。新井一二三さんが『中国語はおもしろい』(講談社現代新書)で「日本人の教養としての中国語」で述べてゐるが鴎外漱石荷風の頃まで学問といへば漢籍を読むことが多少なりとも知識ある人の一般教養。私の祖父も漢籍を読んでゐて幼い私が「おじいちゃんは中国語ができるの?」と思つたら「日本人なら漢文は読める」なのである。英国で今でも中学を(米国では小学校を?)“grammar school”と呼ぶが、これは小学でも中学でも一般教科教へるが元々は16世紀に希臘語、拉丁語教へる学校名称。古典を読めば大切なことは全て書かれてをり、それを読むための語学が必要で、語学にあらゆる学問が包み込まれてゐる、だから語学教育に威厳があつた時代。今の英会話学校との違ひ。話せればいゝに非ず。18世紀の英国に英語辞典編著で有名なサミュエル=ジョンソン博士がをり、この博士の主宰する文人倶楽部で小説『ウェイクフィールドの牧師』や『負けるが勝ち』といつた喜劇を書いた若き作家オリヴァー=ゴールドスミスが早逝した際にウエストミンスター大聖堂にゴールドスミスの記念碑を置くことになりジョンソン博士が、それを書くことになつたが英語で書けばといふ意見もあるなかジョンソン博士は頑としてラテン語に拘つたといふ。「英語の碑銘なんか拵へてウエストミンスター寺院を辱めることは断じて同意せぬ」とジョンソン博士。学者文人の墓碑銘といふものは「古への永遠の言語」でなければならず「その人がたまたま生まれた国の言葉なんかにしてはいけない」。英語の権威が、である。日本でも墓地で墓碑銘は漢語、せめて文語でないといけないのと一緒。

中国語はおもしろい (講談社現代新書)

中国語はおもしろい (講談社現代新書)