富柏村香港日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴る日剩でござゐます

白井聡『国体論 菊と星条旗』

農暦十一月廿七日。薄曇り。大晦日から咳き込み悪寒と身体の怠さひどく先月中旬の風邪は通院服薬なしで乗り切つたが夜になると咳がひどくロクに眠れず「こりゃいかん」と太古の診療所に赴く。医者の診断はBronchilitisつまり細気管支炎。抗生物質処方される。

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在宅。読書。晩に歌舞伎の初芝居をテレビで見る。歌舞伎座より松竹梅湯島掛額。一つも面白くない。澤瀉屋の新喜劇!のあと七之助八百屋お七文楽の人形舞ひで見せる、あそこまで動きを機械的にする必要はあるのかしら。大阪松竹座では藤十郎鴈治郎扇雀、孫を従へての米寿!の舞。白井聡『国体論 菊と星条旗』読了。
白井聡『国体論 菊と星条旗』(集英社新書

国体論 菊と星条旗 (集英社新書)

国体論 菊と星条旗 (集英社新書)

 

 『永続敗戦論』の著者が天皇制と米国から戦後に及ぶ國體について。第1章「お言葉」は何を語ったのか は秀逸。一昨年八月の聖上の天皇退位についてのお言葉につきこゝまで踏み込んだ分析。あの発言が天皇の政治行為と見られるリスクもあるなか何故に無理を犯してまで発言しなければいけなかつたのか。時の権力と対峙しつゝもNHKでの国民への呼びかけは八一五の玉音放送のやう。それは戦後民主主義象徴天皇制の危機、切迫感による最後の手段。「戦後レジームからの脱脚」宣ふ政権により改憲ばかりか戦後の國體が国民の統合実現するどころか破壊されようとするなか國體の中心にゐると観念されてきた存在=天皇が、その流れに「待った」をかける行為に出た、と。天皇による天皇制批判。この流れでいゝのですか、国民が政府も含め今まで蔑ろにした問題の提起。〈戦後〉をわからないまゝそれは終はつてゐないのに一体何処に行かうとするのか。それの考察のため著者はまず大澤真幸の明治から敗戦までの時代区分
(明治)天皇の国民 → (大正)天皇なき国民 → (戦前)国民の天皇


といふ区分を提示する。これは解り易いが戦前の「国民の天皇」は大川周明から昭和維新三島由紀夫までの試みで成功せぬまゝに終はる。
これを戦後に当てはめると
終戦〜高度経済成長・ニクソンショック)米国の日本 → (低成長と冷戦終結)米国なき日本 → (ポスト冷戦・平成)日本の米国
といふ図式になる。 米国支配受入れ=天皇制維持で始まつた戦後は戦前までの國體が崩壊したやうで戦前とは異なる戦後の國體があつたわけだが、冷戦構造もアジアの政経的地図も激変したなかで米国から独立するどころか今もつて米国従属を強めつ「戦後レジームからの脱脚」を唱へる政権与党。他にどうすれば良いかわからぬから晋三に消極的支持を続ける国民。この大いなる思考停止に聖上は「これから、どうしますか、これでいゝのですか」と疑問を投げかけた。だが陋巷の民草は、その深刻性もわからぬまゝ天皇の交代で元号が変はることで無自覚に何か新しい時代が訪れるのではないかといふナイーヴな期待。伊勢神宮遷宮や家のお清めと一緒か……気持ちの入れ替へは大切だけど、その先は不明で。この本でも触れられてゐたが竹内好はあらためてきちんと読まねば。
中共で1979年の「告台湾同胞書」発表40周年で習近平が改めて台湾に統一に向けての声明を送る。この40年で香港澳門に実施の「一国両制」の負の側面多く台湾が民進党ばかりか国民党とて、これを容易に受け入れられないなか。中共にとつての一党独裁による国家安定はもはや國體。その國體にどう台湾が靡けようか。香港も一国両制への信奉あつても中共がそれを國體にするかぎり逆らえようはずもない。

タイでマリファナ解禁。といつてもあくまで医療用途とするが実質的に近い将来の解禁は含みとしてあるもの。これを含め現行の軍事政権で良いでせう、と。ケシの栽培など黄金の三角地帯をもつタイ。マリファナ解禁となれば観光業まで含め、どれほどの経済効果があらうか。台湾も同性婚合法化に加へ大麻容認とかアジアの中で最も欧米スタンダードに近い姿勢をとれるのではないかしら。