富柏村香港日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴る日剩でござゐます

台風22号(マンゴスティン)来襲

fookpaktsuen2018-09-16

農暦八月七日。未明に寤めると台風警報8号すでに発令(午前1時頃発令されてゐたらしい)。だがけして暴風雨で目覚めたわけでもなく老人の早起き。台風は午後に広東省の台山(香港から見るとマカオ以遠)に上陸ださうで今後ます/\風雨強くなる模様。朝のうちに『文藝春秋』十月号読了。午前11時前に紅色暴雨警報出て11時に台風警報10号へ。雨風猛烈。窓の外は暴風雨で視界がかなり乏しく窓を開けたら風圧で窓がどうなるか、周囲の状況も窺へず。テレビでは昨年の台風13号(ハト)の際に甚大な被害受けた香港の杏花邨やマカオの十月初五街などから中継。確かに杏花邨は高波がハーバー沿ひのマンションにまで押し寄せてゐる。その他にも水位上昇の上の高波で尖沙咀インターコンチネンタルホテルの朝食カフェの窓ガラス割れ海水が押し寄せる動画や台風で屋根がすつかり飛んだ家屋を上空から撮影した画像など拡散されてゐるが前者は深圳のシェラトンリゾートのもので後者は明らかな合成画像。台風警報は12号になるといふデマがマコトシヤカに。台風の威力示す数値は10以上もあるのは事実だが台風警報は最大が10なのである。ちなみに今日の台風はフィリピン沖では最大17を記録してをり香港と珠海結ぶ珠江デルタの大橋(建設完了で未開通)は台風の風力16を最大に設計で被害あるのでは?と言はれてゐたが台風はその後、風力低下は幸ひ。外に出るはずもなく暫くサボってゐた靴磨き。台風の雨に便乗しての高窓の掃除。昼に保存食で半田麺啜る。午後になつても台風はまだ大陸に上陸するかしないかで香港から百数十km圏で暴風止まず。陋宅も寝室の窓から暴風で水が入り込み出窓と床を濡らす。読書。早酒でジントニック飲みながら大相撲中継眺める。午後4時半に教育局が明日は台風の威力に関はらず所有の学校停課と決定。大相撲見てゐると樹木希林さん死去のテロップ。ウヰスキーのロックで献杯。夕食は家人が捏ねた自家製餃子頬張る
秋出水 餃子喰らひて 家籠り
次第に暴風雨収まりつ。だがテレビの報道見ると各地で低地の浸水、倒木や建築場所の竹組の足場崩壊など深刻。マカオのカジノが全面閉業は2002年のカジノ独占権解禁以来初。晩19時40分に台風警報は8に。郷里の母からLINEで電話あり。大丈夫?と心配され日本のテレビ報道でも香港の台風被害報じてゐるといふ。松岡圭祐『黄砂の篭城』下巻を読了して早寝。
松岡圭祐『黄砂の篭城』は1900年の北京での義和団の乱での欧米列強と日本の義和団と清軍に対する抵抗の物語。北京の外交公館区で列強の外交官や軍司令を率ゐた柴五郎中佐の活躍は事実。だが小説の最後で「日本に生まれて良かった。気高く潔く、どこまでも尊い」なんていはれると何だか昭和の司馬遼太郎のやうで最近の「日本がいかに素晴らしいか」の自慰番組同様に、どこか興醒め。当時の清朝義和団をこゝまで悪者扱ひにしておいて。ところでこの物語の導入が現代の北京で出張した櫻井海斗なる会社員が英国系中国人(まぁ香港系か)の難しい商売相手にすんなりと商談受け入れられ、その理由がこの櫻井の高祖父こそ柴五郎の下で相手軍の砲台を地下から爆破する功績残した櫻井伍長(この物語の主人公)だから、といふのも何だか……。そのあとこの現代の話は筋と一切関係もなにもない。それでも当時の状況をよくぞ調べ上げてエンターテイメント小説にした作者の力量は見事。「あとがき」(東えりか)は「当時の清国が抱えていた貧富の格差や思想問題、外交や政治への不安などは、現代の日本が突きつけられている問題と共通するものがある」と、これは事実。だが「国際社会のなかで、日本はどのように振る舞うべきか、大きな示唆を与えてくれる小説」といふのは些か言ひすぎ。当時の柴五郎のやうな欧米列強をも動かす判断力と指導力、櫻井伍長のやうな精神力を、この小説を読めばすかっと習得できるなら、そんな楽なことはない。この義和団の乱での日本の奮闘、日英同盟を経てロシアとの戦争での勝利までは良いが、そのあとの軍部独走、今日の立憲政治の為体まで何故にダメなのか、を深く自省する以外に何もあるまいに。


黄砂の籠城(下) (講談社文庫)

黄砂の籠城(下) (講談社文庫)