富柏村香港日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴る日剩でござゐます

農暦七月二十日。雨。昨日までで今月は13回も暴雨警報発令され1998年に暴雨警報制定され1999年8月の15回に続く大雨の由。昨日まで4日連続の暴雨警報は、その98年と2002年9月の記録に次ぎ三番目の長さ。早晩に尖沙咀。R氏ととん吉でとんかつ飰すのだがR氏は酒を飲まないので、とん吉への行きがけに河内道のBitburgerで独逸ラガー啤酒一飲してから。とん吉(The One)から眺める九龍公園の繁華街とは思へぬ鬱蒼とした森林。それを取り囲む高層ビル。会食のあとハイボール1杯だけ、のつもりでバーBに寄るとバーテンダーY君がエストニア旅行の後でウオツカでこれを酒肴に、と塩漬けの小魚の缶を開けてくれる。調べてみるとスプラット(sprat)といふニシン科の小魚。エストニアではバルト海産。確かにウオツカに合ふ。それでも21時には酒を止めて帰宅。
キリスト教会で後を絶たぬ聖職者による少年少女への性的行為。羅馬法王は信者に対して祈祷、また同性愛傾向にある子どもたちへのカウンセリング!支援など施すと語るが、そんなことより罪を犯した聖職者の断罪が先では? 香港の耶蘇団体も全ての聖職者に兄弟らの犯した罪に祈祷と贖罪を、また全ての信者にも祈祷を、と訴へるが、この世界はアタシにはまったくよくわからない。

⇧練乙錚による戦後香港の論壇についての考察。1950年代は新亜書院(香港中文大学に吸収される)に於ける言論活動。60年代は查良𨉷創刊の明報で查良𨉷による社説を発展させた形での『明報月刊』の時代。70年代は林行止による信報創刊。信報は今世紀に入り経営が変はつたが未だに林行止専欄だけが謂はゞ紙上での一国両制で信報にあつて一つの思想特区である、と。