富柏村日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴り始めた日記ブログ 現在は身在日本

fookpaktsuen2018-04-04

農暦二月十九日。気温摂氏三十度。昨晩のことだがアタシの書斎の机の上に「日清デカうま野菜タンメン」がぽつんと置いてあつた。週末も官邸執務室で昼に即席麺啜つてゐるので家人からのせめてもの厚意。タンメン好きには嬉しい。日清食品亞州零細株主の一人でもあるアタシ。NHKが森友疑惑で8億円余値引きの根拠となつた地中ゴミ撤去につき昨年2月に財務省理財局職員が森友学園に電話し「トラックを何千台使ひゴミ撤去したと言つてほしい」と虚偽説明するやう求めてゐたと報じる。森友側が事実と違ふと断り財務省職員はこのやりとりを省内複数の関係者にメールで報告。NHKはNW9のあと「クロ現+」で「森友“改竄”問題 問われる公文書管理」(こちら)見る。「文書の改ざんはなぜ起きたのか、問題の深層に迫る」とさすがに本質的な原因解明は未だできないが少なくとも財務省の中で佐川局長から大阪で自殺した職員まで、どういう経路でどれだけの指示があつて今回の改竄が行われたのか、は職員(匿名)らの証言もあり核心に迫つたのは大したもの。佐川君がなぜ承認喚問であれほど政治家の関与が無かつたかだけ明確に答弁したことで、いかに問題をそこにもつていきたくなかつたのか、本当にそれがないからか、実際にあつたからか、当然それは後者だと思ふが小役人が自分らの意思決定でとてもできるやうな改竄ではない。
岩波書店『世界』四月号より。寺島実郎「中国の強大化・強健化を正視する日本の覚悟」といふタイトルは正鵠を得てゐる。中国のGDPは2000年には日本の1/4にすぎなかつたものが10年後の2010年には日本を上回り2018年は日本の3倍に。日本の技術力などと胡坐をかいてゐる間に中国はもはや技術、先進ITの分野でも日本を引き離す。習近平は、この人の中国束ねる統合理念は訒小平以来の「社会主義から改革開放へ」の単純継承ではなく「中華民族の栄光を掲げた国家統合志向」。それでも〈社会主義〉に拘る意図は「国家統合力を前提とする市場経済」といふ意思表示。なるほど。じつに見事な見立て。だが、それに対して日本は

成熟した民主国家たる自覚をもってアジアの見本となる「国民を幸福にする社会」を探求すべき

と寺島先生仰るが森友やイラク征伐の文書レベルで正しきを裁けず経済大国が実は社会的貧困に喘ぐなか、どのツラで国民が幸福な社会などとアジアで謳ふことが出来ようか。
オール沖縄の良さは翁長知事がその路線を提唱した頃の「イデオロギーではなくアイデンティティ」の一言に尽きるはず。だから自民党から共産党まで沖縄を愛ほしければオール沖縄になれたはず。それがオール沖縄から多様性失はれ特定の政党やイデオロギー色強くなりすぎての人々の乖離。民衆の政治運動にはよくある、そして解決できない問題で香港の「民主化」がまさにそれ。
朝日新聞憲法を考える)自民党案から②「集団的自衛権の承認狙い」と宮崎礼壹・元内閣法制局長官こちら

現行憲法の改正に絶対反対の立場でないが「改憲案は論点が明確であるべき」との観点から安倍晋三首相が「否決されても自衛隊の合憲性は変わらない」「改憲しても自衛隊の権限は変わらない」と言う自民党案は、その趣旨が不明確で問題が多いと考える。(略)すでに安全保障法制という形で集団的自衛権の行使が認められた段階になって憲法自衛隊を明記することで自民党が狙っているのは「集団的自衛権の行使も憲法上問題ない」と国民に認知してもらうこと。そもそも集団的自衛権の本質は他国同士の武力紛争に武力で介入する「他国防衛権」。(略)集団的自衛権の行使容認に国民の信認を得たいなら安保法制の効力をいったん停止し行使が必要かを憲法改正国民投票で問うて賛成が上回れば、そこで安保法制を再起動させるのが筋だ。(略)国民の判断を正確に測るやり方はあるのに、政治的目的があからさまになるからやらない。そのうえ否決されても結果には従わないというのでは自衛隊への素朴な愛着と信頼に乗じ集団的自衛権の行使について国民の承認を取り付けようとしているとしか見えず憲法改正のあり方を厳正に定めている憲法96条を二重に乱用するものだ。

⇧今日の政治の貧困化招いたのは小選挙区制、その制度導入が自民党ではなく細川殿だとアタシも思つてきたが、さう言ひ切つてしまふのは些か短絡的らしい。細川殿曰く……

日本新党の時は「中選挙区連記制が望ましい」と言っていました。日本人の精神構造からすると、例えば、定数3の中選挙区で「Aさんもいいけど、Bさんもいい」ということもあるので複数候補にそれぞれ投票する選挙制度です。結局、政治改革では小選挙区比例代表並立制小選挙区250、全国単位の比例代表250)が政府原案になりました。政府原案は中選挙区連記制に近い穏健な多党制を生みやすい制度です。250の比例代表があれば少数政党も当選できるので連立政権になる可能性が大きくなり政権選択の幅が広がることになります。政府原案に対して自民党は「現職の議員を小選挙区に割り当てるために、できるだけ多くの小選挙区が必要だ」と主張していました。自民党との協議も視野に入れて1993年11月、修正案(小選挙区274、全国単位の比例代表226)の衆院での可決にこぎつけました。ですが参院で翌年1月、与党第1党の社会党から造反者が出て政治改革関連法案は否決されてしまいました。政治改革の実現を図るため河野総裁との党首会談で自民党案(小選挙区300、11ブロックの比例代表200)を不本意ながら呑むことにしたわけです。私は「2大政党制」を目指したわけではなく「穏健な多党制が望ましい」と言ってきただけに小選挙区に偏りすぎたのは残念でした。

……と。たらればだが社会党が反対しなければ少しはマシな政治制度になつてゐた、と。