富柏村香港日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴る日剩でござゐます

仰光に遊ぶ②

fookpaktsuen2018-03-24

農暦二月初八。ホテル客室から北に、遠くはシュエダゴンパター見渡すところ眼下では巨大な1ブロックで土木工事中。線路沿ひもともつあつた古い建物=ビルマ鉄道株式会社本社屋を曳家で敷地中央に移し再利用で、その建物中心に背後に高層の建物を供へるもので、これが将来的にペニンスラホテル仰光となる予定。眼下の工事現場では夜を通して工事が進んでゐる。昼は摂氏37度超への高温だが夜は25度くらゐまで下がり風もあり屋外作業では余程夜の方が働きやすいか。晴。部屋でぼんやりと天井眺めてゐると方角に“KIBLAT”とあり母からLINEで電話ありホテルからラングーンの風景を見せる。ラウンジで朝食のあとホテル裏の路地にあるGeniusの珈琲屋へ。このカフェもさうだが付近の店に何枚もアウンサンスーチー肖像画掲げられてゐる。ロヒンギャ問題など国際的には最近評判悪く「ノーベル平和賞剥奪を」といふキャンペーンもあり、この「国家最高顧問」も政治的立場、方針疑問視されるが未だ「軍事政権よりはマシ」なのかしら。ホテルに戻りプールサイドに朝寝貪る。家人は旧市街のマーケットへ買ひ出し。昼に中華街の方を目指し歩き始めるが暑くて28丁目あたりの小さな食堂でお昼。ホテルに戻りジムのトレッドミルで少し走り午睡。三島『小説家の休暇』の読書ノオトまとめる。今日になつてウェルカムフルーツとビールやペリエが届く。夕方、少し気温も下がり陽が傾き道路が陰るのを見計らひ出街。旧市街中心に聳えるスーレーパゴタから市民憩ふマハバンドゥーラ公園抜け止まりたかつたが予算オーバーのストランドホテルの方に漫ろ歩く。ヤンゴン川を帰宅ラッシュで賑はふフェリー。カモメの餌付けの菓子を拙いながらも英語、中国語、日本語や韓国語で賣る貧しい子ら船内に多し。このフェリー、日本の援助によるものださうで外国人は2,000ကျပのところ日本人は無料。対岸の「ダラ」地区はヤンゴンでは貧困なのださうでフェリー乗り場でさかんに自転車タクシーが誘つてくるが「ぼったくり」は有名で興味もないので復路のフェリーで旧市街に戻る。34丁目の999といふ麺屋でシャンの麺を啜る。ホテルに戻りラウンジのハッピーアワーで酒を飲みジムのスパに浴す。

三島由紀夫『小説家の休暇』は何十年ぶりかで再読。タイトルからすると北杜夫のやうな作家の日々の気軽な随筆のやうであるが三島は作家として小説を物語るのが本業で、この休暇はパスカルの『パンセ』のやうな哲学的論究。抽象的で必要以上に観念的なのは食傷気味だが幾つも洒脱な指摘が散りばめられてゐる。

原子力時代が到来して科学の人間的要請つまり自然の効用と機能を盗むことが言い知れぬ非人間的な結果に陥り逆に非人間的要請から出発した芸術が唯一の人間的なものとして取り残されたのは逆説的なことである。しかし原子力研究が発見したような物の究極の構造へ芸術は新しい方法によって達するべきであるか?あくまで可視的な自然にとどまることが芸術の節度であり倫理でもあるのではないか?原子爆弾は人間の作った最もグロテクスな誇張された自然である。

鎌倉でロシア文学者の神西清(1903〜1957)主宰の月例「鉢の木会」に招かれた三島は途中、川端康成林房雄の宅に寄り、この会は福田恆存は北海道への講演旅行で欠席で代はりのゲストが芥川比呂志、そこに林房雄夫妻が加わり吉田健一も。なんて贅澤な面々なのかしら。

俳優の理想は俳優何某を見せることではなくて、まさに役の人物その人が舞台の上を闊歩しているように見えることであろう。その芸術表現は「かく見えること」にとどまらず「かく存在すること」にまで達しなければならず、そこではじめて俳優の作品が生まれ「演ずること」は「創造すること」に一致する。

とか、まさに六代目歌右衛門平幹二朗に捧げるべき言葉。