富柏村香港日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴る日剩でござゐます

fookpaktsuen2017-01-31

農暦正月初四。曇。まだ正月休みだが官邸で書類整理。三週間ほど前にハーフマラソンの時につけたっきりの蘋果腕時計をつけてゐたら机に倚つたまま時間が過ぎたら「少し立ち上がりませう」とか(お昼に弁当でカレーライスを頰ばつてゐたときだが)「血圧が上昇してゐます、1分間深呼吸しませう」と指示が出る。後者など「吸って、吐いて」で時計が振動までする。運動不足もあり帰宅途中に2.5kmほど急ぎ足で歩いた。Happy ValleyのBlue Pool Rdには古い集合住宅が並ぶが、その中でも未来主義的な建築があり、これがアタシは好き。この散歩でやつと今日の消費カロリーが250だか。帰宅して常温のドライマティーニ。かなりきつい。晩飯に家人が石班を清蒸にする。市場はいくつか開けてゐる店もあり青物はまだ少ないが魚屋はかなり魚が入荷してゐたのだといふ。食後、焙じ茶に小布施は竹風堂の「くりづと」頬張る。
嵐山光三郎は談志の小ゑん時代も知つてゐるといふ。高橋義孝先生と一緒に末廣亭の楽屋に寄つた時のこと。義孝先生は小さん師匠と家が隣同士で親しかつたとは。圓朝の『牡丹灯籠』が完璧な形でなぜ遺つてゐるかといふと速記者の存在、と志の輔師匠。当時、神田の出版社が速記者二人に「国会の議事録ばかり書いてたつて面白くないだらう」と圓朝の落語を舞台袖で書くやう仕向けたのだといふ。以上『銀座百点』2月号での対談より。
▼この『銀座百点』で関容子さんが百点句会のことを書いてゐる。初参加は小川陽子さん(歌舞伎の獅童の母)の誘ひ。この句会の発足はもう六十年以上前で董事永井龍男久保田万次郎安藤鶴夫戸板康二円地文子、池田彌三郎に中村汀女といつた面々。こりゃすごい。
寒弾きや十二の師匠八つの弟子 (睦郎)
混沌と混沌と溶き葛湯かな (同)
繭玉や離村決めたる土間の闇 (辺見じゅん
耳に志ん生口に塩豆年惜しむ (昭一)
舌打ちでたたむみぞれの露天商 (同)
芝居はねて抜きでのむ酒寒の入り (登士夫)

⬇台湾といへば蔡英文総統が春節に合はせLINEで英文で祝賀述べ更に日本語で日本向けに挨拶したことに中共が「なぜ日本向けなのか、なぜ中国語で挨拶もないのか」と不満表す。総督府はLINEユーサーの多くは日本であるから、と説明。⬆重大なことなのに、まるで歴史上の発見のやうな、この鈍感ぶりが怖い。⬇週末の新聞の読書欄で興味深い著述がいくつも並ぶ。