富柏村香港日剩

香港で2000年02月24日から毎日綴る日剩でござゐます

東都4日目

fookpaktsuen2017-01-24

農暦十二月廿六日。快晴。海外でもラーメンブームだが殆どが濃厚スープで普通の醤油ラーメンさがすことも難しいが一番期待できないのがタンメン。野菜具澤山で塩味スープ、太麺の熱々のタンメンがいゝ。香港では一平安でタンメンにありつける。で東京でも、となると手っ取り早いのは新宿西口地下の老麺処・圓とか。で久ヶ原T君もタンメン好きだが竹本葵太夫丈がまた無類の方で芝大門の集来といふ中華そば屋のタンメンが絶品といふ。月〜金の11〜15時の営業で昼はかなり混むといふ。そこで麻布旅寓で朝、机に倚り書類整理のあと芝大門へ集来の開店目指し口開けで手打ちタンメン(750円)啜る。仕込みでまぁ大量の各種野菜を刻むだけでもかなりの作業。この野菜がこれから4時間で吐けてしまふのか次から次への早めの昼食客。美味。あっさりしたスープも残さず。11時半すぎにはほぼ満席。芝大門から都バスで渋谷。昨晩会食の三の橋を抜け広尾天現寺から明治通りを工事中の渋谷へ。渋谷から新宿西口行きの東急バスで参宮橋近く。オリムピック記念青少年センターだけでお仕事。晩に西口エルタワー地下の寿司石かわ。新宿で中国人の集まる小さなバーで少酌。台湾人は台湾人で棲み分けなんだとか。
▼昨日の歌舞伎について追記。昭和63年の歌舞伎座百年の正月興行について。大成駒は前年9月三津五郎襲名「喜撰」千穐楽に骨折の余波で一人立ちで一世一代「娘道成寺」できなくなり梅幸との「鶴寿千歳」に変更。翌二月が大松嶋最後の菅丞相……さうさう、そういふ大きな時代。以上久ヶ原T君より。〈沼津〉について竹本葵太夫が呟板に書かれてゐること。

  • 十兵衛がお米のクドキを聞いた後(つまり和田志津馬と縁がある瀬川と知った後)のセリフの調子が変わるので当方(葵太夫)も「十兵衛トーンの一手販売」ではいけない…という事。恥ずかしながら、そこまで心が至らぬというのは前後のコトバの研究が足らぬからである。
  • そう思って吉右衛門丈のセリフを良く伺うと、物語が進むに連れてその調子が微妙に変わってくる事に気付く。それが巧まず自然に聞こえるのである。義太夫節では「色ドメ」というト書きの文末を大切にする。〽…聞き取る十兵衛」や〽…親の心を察しやり」等。
  • その後に吉右衛門丈のセリフが続くのだが、やはり当方の言い方が御意に適わないと、出にくい事と思う。その辺を良く考えて適切な言い切りをしなければいけない。
  • (中日に)吉右衛門丈より、「私もまだ研究しながら勤めているから、どうぞあまり心配しないで語ってください」…とお優しいお言葉を頂戴した。

太夫は、子供のころテレビ中継で勘三郎(十七代目)の平作を見ながら「死なないで欲しい…助かって欲しい…」と涙ぐんだ記憶があるといふ。ひょうひょうとした人柄、「人間の道が立ちませぬ」という義理堅さ、しかし「理を非にまげて」死んでいく最期……。仰ること、とてもよくわかるところ。ところでご当地の沼津には、この「伊賀越道中双六」の影響を受けて創作されたであろう伝説のもとに信仰されている「平作地蔵」があるさうな。黒瀬橋北詰西側、かつての旧東海道一里塚付近の一角。